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◇◇◇
「あー……やっぱり」
聖女の力を使い、自分の家の裏口へと空間転移してきた私は、キラキラ輝く己の髪に気づき、げっそりした。
空間転移は、力のある聖女でないと自らの生命力を削ってしまう高度な奇跡だ。
たとえば普通の聖女の力が100あるとすれば、150使うようなもの。
この聖女の力は時間が経てば回復するので、使ったからと言って焦る必要はないのだが、力の最大値というものはどうしたって存在する。
聖女はどんな奇跡でも起こせると言われているが、自分の持つ力の範囲内でという注釈が付くのである。
ちなみに、王都全部を覆う結界になると1000くらい力が必要になる。
前世の私は、力の最大値が800くらいだったので、残り200を生命力で補ったわけだ。
普通、人の生命力は100~300ほど。
私は自分の生命力が300ある方に賭けたのだが、どうやらギリギリ200程度だったらしく、見事に死んでしまったのだ。
今は多分、嵩増しされているから、なんとか結界くらいなら張れると思う。
二度と、ああいうことは起こって欲しくないけど。
とにかく、今の私は多少、転移を行ったところで痛くもかゆくもないくらいの力があるということなのだが、力が多くいる奇跡を使ったせいで、髪色が元に戻ってしまったというわけだった。
「気をつけないとね……」
力を大きく使う奇跡になると髪色が戻る。これは覚えておかないと私が困ることになる。
誰にも見られていないことを確認し、さっと髪と目の色を茶色に戻した。
自業自得で聖女候補になってしまったとはいえ、私はまだ解放されることを諦めたわけではない。
他にも聖女候補が見つかるかもしれないし、聖女にならないまま、お役ごめんという可能性だってある。そちらに賭けたいと考えているのだ。
そのためにも、髪色と目の色を聖女カラーにしないよう、心掛けなければならない。
これから時間を掛けて、私は『役に立たない駄目聖女候補』であるとの認識を皆の心に植え付けていかねばならないのだから。
聖女らしからぬ茶色の髪と目は、分かりやすい劣等生の証だ。
あいつは使えない女だと思ってもらうためにも、堂々とアピールしていきたい所存。
なんだったら虐めてくれてもいい。可哀想だと解放してもらえるかもしれないから。
むしろ大歓迎だ。
「よし……他におかしなところはないよね」
一応、全身をチェックしてから家の鍵を使い、裏口の扉を開く。
「お父さん?」
「うわっ?」
まさか、裏口から人が入ってくると思っていなかったのだろう。
父が変な声を上げて飛び上がった。私の姿を認め、目を見開く。
「レティ!」
「レティですって?」
「お姉ちゃん?」
父の悲鳴を聞きつけて、二階から母と妹が降りてきた。
父が半狂乱で、私の肩を揺さぶりながら聞いてくる。
「お、お前。神殿に行ったんじゃ……! はっ! もしかして、聖女ではないと言われたのか? そうだな、そうなんだな! やっぱり、そうじゃないかと思ったんだ。お前が聖女だなんてそんなわけが――」
「お、落ち着いて、お父さん」
ガクガクと揺さぶられ、気持ち悪くなった。
母が父を引き剥がしてくれたので、一息つく。
皆が心配そうに私を見ているのを申し訳なく思った。
「ええとね、そのことなんだけど」
「聖女ではなかったから、こうして帰ってきたのだろう?」
即座に父に返され、苦笑した。
「うーん。そうだったら良かったんだけどね。聖女候補として神殿で暮らせって、国王陛下と神官長に言われちゃったの」
「……そんな」
父が泣きそうな顔をする。母と妹もショックを受けた様子で、妹なんかはすすり泣きを始めた。
「いやだあ……お姉ちゃん、いなくなっちゃうの……?」
「や……えと、それは、うん、大丈夫だと思う」
思った以上に家族に悲しそうな顔をされ、どうにも申し訳なく思ってしまった私は、つい、言ってしまった。
「ええと、神官長様がね、意外と話せる人でさ。その……本来なら聖女候補は神殿から出られないものなんだけど、私はほら、この髪と目だし、あんまり期待されていないっていうか……そう! 候補の見習い……みたいなものだから。少し帰るくらいは構わないよ~って言ってもらったの」
「ほ、本当に?」
嘘である。
だが、妹は期待した目を向けてくる。その顔を見て、悩みはしたものの決断した。
――うん。一人になれる時間を見計らって、今みたいに帰ってくれば大丈夫かな……。
前世では恵まれなかった家族。得ることのできた今世では大事にしたいと思っているのだ。
少しでも家族と過ごしたい。
その気持ちで私は口を開いた。
「そうそう。今日だって、すぐに解放してもらったし。おうちの人に、説明したいでしょって。だからこうやって帰ってきたの。まあ、すぐ向こうに戻らないといけないんだけどね。意外と、神殿の人たちって話せるみたい」
「そ、そうなのか? そういう風には見なかったが……」
リアリムと直接話をした父が疑わしげな目を向けてきたが、事実として今私はここにいる。
どこかおかしいと思いつつも、本人がそう言うのならそうなのかもしれないと家族は判断したらしい。皆、一様にホッとした顔になった。
「そうなのね。良かったわ。聖女候補になったら、もうあなたとは会えないんじゃないかって思っていたから。その……どれくらいの頻度で帰ってこられるものなの?」
母が目を潤ませながら聞いてくる。今の私と同じ栗色の髪をひとつに纏めた母は、身体が強くないので、あまり心配を掛けたくない。
――うーん。どう言えばいいかな。
聖女として神殿に召されると家族に会えなくなるというのはさすがに言い過ぎだが、年に一回会えれば良い方というのは事実だ。
なにせ聖女には自由がない。だがまあ、私ならなんとかなるだろう。……というか、してみせる。
「大袈裟だよ、お母さん。毎日……はさすがに無理だけど、一週間に一回くらいは顔を見せられるんじゃないかな。だからほら、軽い気持ちでいてよ。ね?」
「そう……ある程度の自由はあるのね。嘘じゃないのね?」
「うん。だって私、聖女候補の更に見習いみたいなものだし、期待もされてないからね。すぐにでも解放してもらえるんじゃないかな。ほら、一応連れてきた手前、帰せない~みたいな?」
「本当? お姉ちゃん」
妹が目を輝かせる。その顔に罪悪感を覚えてしまった私は頭を掻いた。
「あ、ごめん。さすがにすぐにというのは嘘。早く解放されたいなっていう願望」
「……お姉ちゃん」
「ごめんごめん」
さすがにそこまで期待はさせられないと思い、そこは大人しく訂正しといた。
それでも、思っていたより状況はマシだと理解したのだろう。
皆の雰囲気は明らかに先ほどよりも明るくなっていた。
――良かった。様子を見に来て。
思った通りだ。
こういうことろで、アフターフォローをしてくれないのが神殿なのである。
聖女候補を連れ帰れば、それで自分の役目は終わりと思っているのだ。
「ええと、じゃあ私、そろそろ向こうに戻るね」
「もう?」
妹が悲しげな顔をしたが、私は首を縦に振った。
「うん。初日だしね。早めに帰って大人しくしとこうと思って。ほら、印象をよくしておいた方が、たくさん家に帰れるかもしれないじゃない?」
時間はそろそろ五時になる。食事の前に服を持ってくると言っていたので、早めに戻っておかないとまずいのだ。
私の言葉に、妹は納得したように頷いた。
「うん、分かった。お姉ちゃんがたくさんおうちに帰ってくるためなら仕方ないよね。私も我慢する」
「えらい、えらい」
妹の頭を撫で、両親にまた来ることを約束して、来た時と同じように裏口から家を出た。
ささっと周囲を確認する。
「……よし、誰も居ないな」
人影がないことをよく確かめてから、ここに来た時と同じように聖女の力を使い、自分の部屋へと空間転移する。
無事、自分に与えられた部屋の主室へと跳ぶことに成功した。
「あー……久々に大きい奇跡を連続で使うと疲れる……」
このドキドキの緊張感溢れる生活がこれから始まるのかと思うと、毎日が冷や汗ものだ。
だが、やってみせる。
今の私には心配してくれる家族がいるのだから、止めるという選択肢はないのだ。
「さて、髪の色を戻さないと――」
「お帰りなさいませ、レティシア様。それで? 一体どちらへ遊びにいってらしたのですか?」
「え……」
聞こえるはずのない声が背後から聞こえた。だって鍵も掛けた。私以外、誰もいないはずなのに。
全身が硬直する。
――嘘でしょ。今の、見られた?
まさかの空間転移している場面を見られたかもと気づき、青ざめた。
おそるおそる振り返る。
「あ――」
「先ほどぶりですね」
そこには何故かテオがいて、とっても呆れた目で私を見つめていた――。





