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言い方にカチンときた。
久しぶりに感じる、棘のある物言いに腹が立つと思いつつも、必死で抑える。
要するに彼は私にここで奇跡を起こしてみろと言っているのだ。
そしてできなければ、家に帰っても良いと。
ハッハーン。これはもしかしなくても千載一遇のチャンスではなかろうか。
――ここで失敗すれば私は帰れる。わざと失敗すればいいんだ……!
俯き、思わずにやりと笑う。
なんて素晴らしい提案をしてくれるのだ。この王子は。
久々に会って、やっぱり嫌な奴だと思っていたが、撤回しよう。なかなか良いことを言ってくれるではないか!
――ブラボー! これで帰れる!!
心の中でグッと拳を握る。
国王と聖女が眉を寄せて、ノア王子に文句を言っている。
「ノア、さすがにそれはどうかと思うよ。リアリムの話では彼女の力は安定していないということらしいし、一発勝負というのは……」
「そうですわ、ノア様。それに、神殿に来たばかりで彼女はきっと緊張しています。力なんて出せないに決まってます。せめて一日、時間を置くべきかと」
「何。本物の聖女ならどんな状態でも奇跡の付与くらい簡単に行うだろうと思ったまで。……少なくとも俺のレティシアはそうだった。同じ名前を持つのだ。それくらいやってくれるだろう」
「……」
なんだか、ものすごく煽られているような気がする。
どうせできないだろうけど、という彼の心の声が聞こえてくるかのようだ。
あと、言わせてもらいたいのだが、私はいつからノア王子のものになったというのか。
断じて、そんな覚えはない!
私は、私のものなのだ!
イライラしていると、ノア王子が私を見た。
「さあ、早くやってみせろ。お前は帰りたいのだろう? 何、できないということを見せてくれればいいだけのことだ。そうすれば、すぐにでも家に帰してやる」
「……はい」
腹が立ち過ぎて声が震えた。
元々私は、人から馬鹿にされるのが大嫌いな性質だし、喧嘩を売られたら倍にして買う女だ。それは聖女だった時も今も同じ。
これだけあからさまに馬鹿にされて、それを粛々と受け入れる?
ふざけないで欲しい。
悪いが、プライドは低い方ではないのだ。ここまで言われて、馬鹿にされたまま終わるなど許せるはずがなかった。
――見てなさいよ、このクソ王子め。
目に物見せてくれる。
完全に頭に血が上った私は、ノア王子から受け取った薬瓶に、思いっきり奇跡の大盤振る舞いをした。
詠唱こそしなかったが、控えめではなくたっぷり、これでもかとばかりに奇跡を付与してやったのだ。
冷静になどなれなかった。失敗しなければならないという思いも全部吹き飛んでいた。
彼を見返してやらなければ。私の頭の中はそれだけでいっぱいだった。
――よくもよくも、私を馬鹿にして……!
前世でもノア王子はそうだった。彼とかかわるのは面倒だからとできるだけ穏便にしようとする私をことあるごとに煽り、喧嘩をふっかけ……ああ、思い出しても腹が立つ。
「……どうぞ」
きちんと奇跡が付与されているのを確認し、ドヤ顔でノア王子に渡す。
――さあ、文句があるなら言ってみろ!
鼻息も荒くノア王子を睨み付けていると、彼だけではなく、聖女に国王、テオにリアリムも集まってきた。
皆で薬瓶を覗き込む。
「なんと……これは……すごいね」
「……まあ。私でもこんなにはできませんわ。素晴らしいです。これなら、半死人ですら即座に回復するのではありませんか?」
「……」
「そうでしょう、そうでしょう。私はレティシア様のお力を信じていましたとも」
出来映えを見て、皆が口々に褒め称える。
私はといえば、無言で薬瓶に見入る彼をじっと見ていた。
――ほら、どうなの。さっさと褒めなさいよ! そして、私を馬鹿にしたことを謝れ!
「……ああ、見事なものだ」
ほう、と息を吐き、ノア王子が頷く。その声を聞いた私は心から「そうだろう!」と胸を張った。
「で? 誰ができないって?」
思いきり上から目線だったが許して欲しい。それだけ腹が立っていたのだ。
ノア王子は驚いたように目を見張り、クッと楽しそうに笑った。
「いや、俺がそう言ったわけではないが……そうだな。お前を見くびっていたのは事実だ。その点については謝罪しよう」
「分かってくれたのならいいです」
思いのほか素直に頭を下げてきた王子に、多少溜飲が下がった気がした。
昂ぶっていた気持ちも静まってくる。
そのタイミングでノアが言った。
「さすが、新たな聖女候補だな。感服した」
「そうだね! 今の力を見せられては認めるより他はない。髪と目の色は確かに気になるけど、力が安定していないだけだと言われれば頷けるし」
「彼女が奇跡を使うとき、一瞬だけ私と同じ聖女の力を感じましたわ。彼女の中には確かに聖女の力があります。それを導き、正しく使えるようにするのが私のつとめ。ああ、嬉しいですわ。やっと私にも仲間と呼べる存在ができるのですね!」
「え……は?」
上から順番に、ノア王子、国王、聖女、そして私だ。
彼らが楽しげに『新たな聖女候補』について話しているのを、私は呆然としながら聞いた。
――え、どういうこと……? なんで皆、私を聖女候補とか言い出してるの?
「わ、私、帰れないの?」
思わず告げた私に、ノア王子がニヤリと意地悪い笑い方をする。
「何を言っている。お前はたった今、見事に聖女としての力を俺たちに見せつけたではないか。髪と目の色が違っていてもこれだけの力を見せられれば俺たちも聖女候補として認めざるをえない。良かったな。これで今日からお前は、正式に聖女候補生になる」
「はあああああああ!? 嘘でしょう!?」
思わず大声を上げてしまった。
冗談は止めて欲しい。私は、『聖女候補ではない』と言ってもらうために、わざわざこんなところまでやってきたのだ。それが、聖女候補生? 無理無理。絶対に無理だ。





