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◇◇◇



 家族と短い別れの挨拶を済ませた私は、ひとりでリアリムたちの前に立った。

 リアリムが首を傾げる


「もう宜しいのですか? ええと、荷物はどちらに?」

「ありません。私は聖女ではありませんので。すぐに家に帰るのですから、荷造りなんて必要ないですよね」


 国王達と面会があるのだ。礼儀として、私が持っている服の中で一番綺麗なワンピースに着替えてきたし、最低限の化粧もしてきたが、速攻帰るつもりなので手ぶらである。

 喧嘩を売っているととられかねないと分かっていたが、私はこのスタンスを貫くつもりだった。

 聖女ではないときっぱり告げると、リアリムは苦笑した。


「さて。それは私が判断することではありませんから。それに、あなたは間違いなく聖女候補として認められると思いますよ。……薬瓶に残された聖女の奇跡。今まで見たことがないくらい見事でした」

「……知らないって言ってますよね」


 目が据わる。どうやらリアリムは、なんとしても私を聖女候補に押し上げたいようだ。

 今、この国には次代の聖女となる聖女候補がひとりもいないからそれも仕方ないのだろうけど、こちらとしては認めるわけにはいかない。

 リアリムが丁寧にお辞儀をし、私に言う。


「新たな聖女候補。今更とは思いますが、お名前をお伺いしても構いませんか?」

「本当に今更ですね。父との会話でもうご存じなのでは?」

「名乗られたわけではありませんから」


 にこりと笑うリアリムを見て、私は肩から力を抜いた。

 どう見ても自分の方が大人げない。そう気づいたからだ。


「申し遅れました。私はレティシア。レティシア・カーターといいます」

「とても良い名ですね。前聖女レティシア様と同じ名だ。彼女は若くして大聖女まで上り詰め、そして最後は王都を守って亡くなった偉大な方です。もちろんご存じですよね?」

「……はい、サティスファリ様。もちろん知っています。私の名前は、彼女からいただいていますから」


 自分のことを他人から聞かされるのは変な感じだ。

 微妙な気持ちになりながら答えると、リアリムは慌てたように言った。


「レティシア様、いけません。どうかリアリムと呼び捨てでお呼び下さい。我々神官は、聖女様にお仕えするための存在。様を付けてはいけません」

「まだ聖女候補だと決まったわけでもないのに?」

「ええ、そうです。私はあなたが聖女になると信じていますから。その御方に様付けされるなどありえません。できれば、敬語も使わないで下さるとありがたいです」

「……分かった」


 そういえばテオも昔似たようなことを言っていたなあと思い出した。

 本当に、彼は私付きの神官だったテオとよく似ている。


「では、レティシア様。改めてこちらにどうぞ。馬車を呼んでありますから」


 兵士が店の扉を開け、リアリムが手を差し出してくる。それを断り、自分で外に出た。

 神官にエスコートをしてもらうなんて、本当に聖女に戻ってしまった気持ちになると思ったからだ。


 ――見苦しい足掻きだって分かっているけど。――あ。


「……」


 店の前に止まっていた馬車は、前世で嫌になるほど見たものだった。

 聖女だけが使うことを許される馬車。馬車には聖女の意匠が掲げられている。

 王族用と言われても納得できるような外観。だが、内装はもっとすごいと知っている。

 贅を尽くした聖女のためだけの馬車。それが目の前にあり、私は思わず真顔になった。

 リアリムがニコニコしながら私に言う。


「どうぞお乗り下さい。聖女候補であるあなたのための馬車です」

「……こんな立派な馬車に乗れないんだけど」

「ご遠慮なさらず」

「……」


 ちらりと周囲を見回す。

 悪目立ちする馬車が気になったのか、人々が野次馬根性で集まってくる。

 できれば人目を避けたかった私は、観念して馬車に乗り込むことにした。

 ここでごねて、私が聖女候補だと周囲に知られる方が嫌だと思ったのである。


「あ、綺麗」


 渋々足を踏み入れた車内は二十年前に見ていた内装とは、当たり前だが少し変わっていた。

 座席はより座り心地がよくなり、洒落たデザインになっている。洗練されていると言えばいいのか。古いデザインを上手く残し、今風になっているのだ。

 二十年も経てば馬車も変わる。

 想像していたのとは違う内装に、思わず感嘆の声を上げてしまった。

 リアリムは御者の隣に座ったようで、車内は私ひとりだけ。

 ゴトゴトと馬車が神殿に向かって動き出した。


「……はあ」


 まるで、前世の頃に戻ったような気分だ。

 前世で、まだ私が十歳だった頃、テオが迎えに来てくれた時のことを思い出す。

 あの時テオは「一緒に来るなら、綺麗な住む場所と十分な食事。そして給料を保証します」と言って、私を聖女に誘ったのだ。

 当時孤児だった私はその誘惑に一も二もなく乗り、聖女になったのだが、その時も聖女用の馬車に乗って神殿に向かったような気がする。


「まさか、二度もお迎えの馬車に乗る羽目になるなんてね」


 人生は分からないものだ。

 ガラガラと車輪が回る。

 その車輪の音も二十年前に比べればずいぶん静かになった。


「……」


 神殿に着くまでの間、私はひとり物思いに耽っていた。



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お尋ねの元大聖女は私ですが、名乗り出るつもりはありません
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