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「……行きたくない、と言えば聞いてもらえますか」
多分無駄なのだろうなと思いながらも一応尋ねる。リアリムはにっこりと笑った。
「聖女保護法第一条をご存じですか? 聖女候補を発見したら、国と神殿は早急に保護するべし。この国には聖女を守るための法律があります。その第一条に基づき、あなたを保護しなければなりません。残念ですが、たとえ聖女本人だとしても、拒否権はありませんよ」
「……う。で、でも、だから私は聖女ではないと……」
「それなら一度神殿においで下さい。神官長や陛下、殿下に現聖女様もあなたが来るのを楽しみにしていらっしゃるのですから。彼らがあなたを『違う』と言うのなら、私が責任を持ってあなたをここにお返ししますよ」
「……」
聖女保護法とは、三百年ほど前にできた法律だ。
昔、まだ聖女との関わり方を模索していた頃、聖女はその力を悪用されることが多かった。聖女自身が酷い目に遭うこともあり、死んでしまうようなこともあったという。それをなんとか防ごうという目的からできたと言われている。
聖女保護法は国の法律。守らなければ罰則もあるので、そこをアピールされては、これ以上断れない。というか、違うのなら返すとまで言われて、断ることはさすがに難しかった。
――ああ、駄目か。
少なくとも、一度は神殿に行かなければならないらしい。
がっくりと項垂れる私とは逆に、ようやく我に返ったのか父が慌てて言った。
「ま、待って下さい、神官様。娘が聖女だなんてそんなことあるはずがありません。だって十八年の間、ずっとこの子は普通の女の子だったんです。確かに最近、娘の作る薬は効能が高いと好評でしたがそれはこの子の腕が上がったからであって、決して聖女だからというわけでは――」
「瓶に残った聖女の力の痕跡。これが動かぬ証拠です。手放したくない気持ちは理解できますが、これも国の決まり事。彼女にはご同行いただきます。今、彼女に言った通り、神官長様たちが『違う』とおっしゃるのなら、すぐにお返ししますから。ああ、拒絶するようでしたら、国家反逆罪が適応されます。そのあたりをよくお考えの上、お返事下さいね」
どうあっても引き留められないと気づいた父が、愕然とした顔で私を見つめてくる。
父の顔を見ていると、なんだかとても申し訳ない気持ちになってきた。
「うん……私、行くね」
こうなったら神殿に大人しく行って、リアリムの言う通り、皆に「聖女候補ではない」と判断してもらうより他はないだろう。
諦めの気持ちで父に笑いかけると、父は泣きそうな顔をした。
「レティ……だが」
父が私の名前を呼ぶ。その声に私を心配してくれているのを感じ、とても嬉しく思った。
ああ、私は良いところに生まれ変わることができた。
本当に、本当に幸せだ。
「きっと勘違いだから。すぐに誤解を解いて戻ってくるって」
「だが……」
「なんとかなるって。大丈夫、大丈夫」
わざと明るい口調で言ってから、リアリムの方を向いた。
「で? 私はいつそちらに行けばよろしいのですか? 母と妹に挨拶するくらいの時間はもらえるのでしょうね?」
「もちろんです。準備ができたらお呼び下さい。我々はここでお待ちしておりますから」
「……」
どうやら明日というわけにはいかないらしい。
今日中、できれば今すぐに来いという圧力を感じ、溜息を吐いた。
「分かりました。すみませんが、一時間ほどお待ちください。……お父さん、二階へ行こう」
「……ああ。そうだな。ローラとバーバラにも話をしなければ」
ローラは母の名前。バーバラは私の八歳年下の妹のことだ。
兵と神官をその場に残し、父と一緒に住居にしている二階へ続く階段に向かう。
――あーあ。
このまま聖女の力のことを知られないよう生きて行ければ良かったのだが、そうそう人生上手くいくものではないらしい。
とはいえ、嘆いていても仕方ない。まだ私が『私』だと知られたわけではないし、聖女の力のことだって、まだ勘違いだと押し切れる可能性は十分にある。
最悪の事態は避けられたのだ。よしとするべきだろう。
――あとは、向こうでの振る舞い方だな。
一番の問題は待っているという面子。その中にいるノア王子だ。
彼に私の存在を気づかれるのが一番まずい。
絶対に、彼を知っている素振りをみせないようにしなければ……。
――なんとしても無事に家に帰って見せるんだから……!
拳をギュッと握りしめる。
悲壮な決意を固めた私は、母と妹にとりあえずの別れを告げるべく二階へ上がった。





