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「彼らは余った薬の瓶を見せてくれました。その瓶の中身は確かに普通の薬でしたが、とんでもない事実が隠されていました。薬には聖女による奇跡の力が付与されていたのです」
「ヘ、ヘエ」
「いや、びっくりしましたよ」
「そ、そうでしょうね……私もびっくりです……」
冷や汗が止まらない。
隠そうにも声は震えきっていて、年下の少年に追い詰められている感が半端なかった。
――さすが若くても内神官の職についているだけのことはあるな。的確に攻めてくる。
内神官というのは、神官長の次の位だ。
神官には内神官と外神官の二種類があり、内神官は神殿勤めで、仕事は主に聖女の世話。対して外神官は、国に十ある州にそれぞれ担当地区として派遣されるのだ。
外神官は、五年に一度、派遣先が変わる。そこで功績を挙げれば内神官に昇格し、王都での神殿勤めになれるのだが、それはなかなか厳しいらしい。
何せ、神官の定員は二十名。
そのうちの十名が外神官で、内神官に上がるということは、内神官がひとり、外神官に落とされるという意味なのだから。
神官の世界もなかなか厳しいらしいということは、前世で聖女をやっていたから知っている。
私付きの神官だったテオは今、どうなっているのだろうか。
彼はあのとき25歳だった。二十年経った今は45歳だろうが、今でも内神官として神殿内で務めているのだろうか。
リアリムがにこりと笑みを浮かべ、私に言う。
「我が国には、現在、聖女様以外の聖女候補はひとりもいらっしゃいません。もし、この奇跡を行える聖女候補が町中にいるとするなら、なんとしても保護しなくては。私は、神官長ならびに陛下、そして王太子殿下の命を受け、今この場に居ます。次代の聖女となる可能性を秘めた聖女候補をお迎えするように、と」
「……」
「私は、あなたを迎えにきたのです」
――やっぱりな。
わざわざ神殿から内神官が出向いた理由。それは新たな聖女候補を見出したから。
そうだろうなとは思っていたが、想像通り過ぎて泣けてくる。
――うう。自業自得感が半端ない。
元はといえば、手当たり次第に奇跡の力を付与した私が悪いのだ。
だけど、そうしなければ兵士たちは助からなかったかもしれないのだから仕方ないではないか。
私に取れる選択肢など最初からひとつしかなかった。
とはいえ、私も素直に「はい、分かりました。行きます」と言うわけにはいかない。
何せ、今リアリムは『王太子殿下』と言った。つまり、このまま連れて行かれれば、まちがいなく前世ぶりにノアと対面する羽目になるのだから。
せっかく今までなんとか見つからず平和に生きてきたのだ。できればこの暮らしを続けたい。
神殿に縛られる生活もごめんだし、ノアと結婚はもっとごめんなのだ。
「なるほど。お話は分かりました」
一応は頷いておく。
父は「は? レティが聖女? そんな馬鹿な……」と大変動揺している様子で、残念ながら全く戦力にはならなそうだ。
ここは自らの手で乗り切る局面だと気合いを入れた私はリアリムに言った。
「とても残念ですが、その予想は外れているかと。私は聖女ではないと思います。だって聖女といえば、銀色の髪に青い目が特徴でしょう? 私のどこにその特徴がありますか? それに神官様。神官様は私に聖女の力を感じますか? 私、魔力もないような一般人ですよ? 勘違いだと思います」
己の力を限界まで絞り、何食わぬ顔で言う。
髪と目の色を変えておいて本当に良かった。聖女の力を使った痕跡など残していないし、私が本当は銀髪青目だなんて、誰にも見破られるはずがない。
――ふふん。見破れるものなら見破ってみなさい。
これでも元大聖女。若い内神官に気づかれるようなへまはしない。
「……」
リアリムがじっと私を見つめてくる。内心ドキドキしながらも、平静を装った。やがて彼はがっくりと肩を落とした。
「……確かに、今のあなたから聖女特有の力を感じません。髪や目の色も変わっていないようですし。普通、聖女の力に目覚めると、髪の色も目の色も変わるものなのですが……あなたの力はまだ目覚めきっていないのかもしれませんね」
「そうですか。私としては、目覚めていないというより聖女ではないという方が正しいと思いますけど」
「いえ、それはありません」
即座に否定され、舌打ちをしたくなった。
そうだと言ってくれたらこのまま追い返せたのに、ままならない。
リアリムは手に持った薬瓶に視線を落とすと、噛みしめるように言った。
「この薬に付与されている力は紛れもなく聖女のもの。そしてこの薬を作ったのがあなただというのなら、間違いなくあなたは次代の聖女候補なのです」
「……単なる偶然だと思いますけど。聖女の力を何かと勘違いしただけではありませんか?」
「ご冗談を。ここに来る前に、この店の噂を聞いてきました。ここ数ヶ月で、飛躍的に薬の効果が上がったのだと。他の店で買った薬ではお手上げでも、この店の娘が調合した薬なら効果があるのだとか。中には、あなたの薬のおかげで死にかけだったのがみるみるうちに元気になったという話もありました。一介の薬師にできることとも思えません。きっとあなたは無意識に聖女の力を使っていたのでしょう。いずれ、目や髪の色も変わり、今は感じられない力も安定してくるはず。あなたの安全のためです。どうか次代の聖女候補として神殿にお越し下さい。私たちは新たな聖女候補であるあなたを歓迎致します」
「……」
心から遠慮したい話だ。
私がどれだけ違うと言っても、一向に退く様子を見せないリアリム。
彼を見ていると、妙にテオを思い出してしょうがなかった。





