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それは過去のお話


「魔物だ! 魔物の大群が湧き出たらしいぞ!」

「奴ら、真っ直ぐ南下している。町や村を呑み込んで……王都までやってくるのも時間の問題だ!」

「ギルドの奴らだけでは無理だろう。どうするんだ」

「先ほど陛下の命令で全騎士団が出陣した! 俺たちも向かうぞ! なんとしてでもここで魔物の群れを撃退するんだ!!」


 テリトラム大陸の南にあるルイスウィーク王国の王都ヴィスベン。その中心部に位置する王城。

 黄金で彩られた埃一つない廊下を、兵士たちがバタバタと血相を変えて走っていくのをこの国の聖女である私――レティシアは無言で見送った。

 今日に限っては、皆、私という存在にも気づかない。だが、それも当たり前だろう。それだけ大変なことが起きていると、そういうことなのだ。


 ――急がないとまずそうね。


 先ほど、突如としてもたらされた情報。

 それは国の北側で魔物が集団発生したというものだった。

 魔物が発生することは決して珍しいことではないが、今回は数が異常だった。

 十や二十ではない。数百体という魔物が一度に生まれ、そして一路南へと向かっているらしい。

 南。ルイスウィーク王国の王都がある場所である。

 なんとかして食い止めなければ、国が滅びる。しかも魔物の中には竜種もいるらしく、簡単に倒せるようなものではない。突然訪れた国の存亡の危機に皆が必死になるのも当然だった。


 ――私も、仕事をしなければ。


 自らのやるべきことしようと、私は皆が向かったのとは反対方向へ歩き出した。

 だがそれはすぐに止められる。後ろから低い美声が私の名前を呼んだのだ。


「どこに行く。大聖女レティシア」


 咎めるような響きに、私はゆっくりと振り返った。


「まあ、殿下。どこに、なんてもちろん、神殿へ戻るのですわ。見て分かりませんか?」


 そこには私をひたと見つめるひとりの男がいた。

 金髪碧眼の見目麗しい男性。

 軍装を纏った彼はその手に厚みのある大剣を持っていた。

 剣の刃には赤い宝石が埋め込まれていて、薄らと光っている。

 魔剣と呼ばれる種類のものだ。銘をガウェイン、という。

 己の選んだ主君にしか使わせないという魔剣を当然のように手にした彼は、一見、優男のようにも見えるが、浮かべる表情がその全てを裏切っていた。

 鋭い眼差しは自信に満ちあふれており、その目の奥には叡智の輝きがある。

 口元は不遜という言葉がぴったりな笑みを浮かべていた。

 彼こそは、このルイスウィーク王国の第二王子、ノア・ルイスウィーク。

 溢れるほどの魔力と剣聖とも呼ばれる剣の才能を持つ男。

 第一王子ではなく、第二王子である彼が国を継いだ方が良いのではという声もあるくらい優秀な彼は、じっと私を見据えていた。


 ――ああ、面倒臭い。見つからないうちに神殿に帰りたかったのに。


 うんざりとした気持ちで王子を見つめ返す。

 この国の現聖女である私と第二王子であるノア。

 通常なら助け合う関係である私たちは、不幸なことにとてもとても相性が悪かった。

 どちらも我が強く、決して退かない、負けを認めたくない性格だったからだ。

 彼と私は顔を合わせるたびに、イヤミを言い、罵り合う仲。

 お互い、相手にだけには負けたくないと、天敵(決してライバルではない)のように思って来た。

 だが、今は緊急事態。国の存亡がかかっている時。

 くだらない言い争いをしている場合ではないと判断できるくらいの理性はあった。


「そういうわけですので、失礼致しますわ、殿下」

「待て」


 王子の隣をすり抜けていこうとした私の腕を彼が掴む。

 それを勢いよく振り払い、彼を睨み付けた。


「……私に触らないで下さいませ。それで? 私に何か用件でも? 見ての通り忙しい身です。さっさと話していただけますか?」

「お前は、逃げろ」

「は?」


 短く告げられた言葉を理解するや否や、私は眦を吊り上げた。

 どうやら私は侮辱されたらしい。


「何か今、聞き捨てならない言葉を聞いたように思いますけど。ええ、きっと私の空耳なのでしょうね。……分かっているとは思いますが、冗談を話しているほど暇ではありませんの」

「冗談で言っているわけではない。お前も知っているだろう。今、魔物の群れがこの王都に向かって侵攻していると」

「ええ」


 短く頷く。

 だから私は、神殿に向かおうと思っているのだ。

 聖女である私が一番その力を発揮できる場所に。


「俺も今から出る。魔物を一匹たりとも王都に入れるわけには行かないからな。これは第二王子である俺の義務だ。父上からも兵士たちの指揮を執るようにと言われている」

「ええ、そうでしょうとも」


 剣と魔法の腕に優れた第二王子。彼が軍勢の先頭に立つことで、皆の勇気も奮い立つというものだ。

 先ほど、国の全騎士団も出陣したと聞いた。彼が指揮を執るというのなら早く行った方が良い。

 この王子のことは常々気に入らないと思っているが、その腕が嫌になるくらい立つというのはよく知っている。今のこの国には欠かせない人物だ。


「早く行って下さい。民のために」

「ああ。――だから、お前が頑張る必要はない」

「は?」


 普段被っている頑丈な猫が、ドサリと剥がれ落ちた音がした。

 思わず素で返してしまった私に王子が言う。


「俺が全部片付けてやる。だからお前は安全なところに隠れていろ。……お前の――聖女の力など要らない」


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お尋ねの元大聖女は私ですが、名乗り出るつもりはありません
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