根城-③
* * *
その部屋の中では、紅茶とケーキが供されていた。
小さく丸みのあるテーブルの上に置かれた皿とフォーク。椅子に座った少女はそれらに手をつけようとはせずに、抱きしめている人形の瞳をじっとみつめていた。
「やあデル」
部屋の扉を開けて、その少年は入ってきた。
「あ……ヒースロー」
「どうしたの? そのケーキじゃ美味しくない?」
ううん、といってデルと呼ばれた少女は首を振った。
「じゃあ、どうして食べないの」
「だって……悠一郎がいないんだもの」
「ああ、蛾灯ね……」
少女は「はあ」とため息をつくと、退屈そうに人形の手足をひっぱって遊び始めた。
少年はテーブルに置かれたケーキをひとつつまむと、それをぽいと自分の口に放り込む。
「おいしい? ヒースロー」
「うん。何の味もしないけどね」
ヒースローと呼ばれた少年はべえ、と舌を出して微笑んだ。
それを見た少女はおかしそうにくすくすと笑う。
「僕もデルみたいに味覚があればよかった」
「うん。デルの胃袋は特別だもん。でももうケーキは飽きちゃった……ねえヒースロー、何か楽しいこと、ない?」
「楽しいことね……」
ヒースローは部屋の窓から差し込む月光に目を細めながら、遠くに見える廃城を静かに見つめた。
もうすぐ、それが始まるよ。
そう考えながら、にっこりとデルに向かって微笑んだ。
「ようやく、デルの欲しがっていた「聖臓」が手に入るかもしれないよ」
「ほんと!?」
「うん。今度こそ、デルの願いが叶うといいよね」
そう、今度こそ……。
ヒースローはデルの頭を優しく撫でると、「またね」と告げて部屋を出た。
石造りの廊下を、ヒースローの靴音がこだまする。
少年は、笑っていた。
「今度のドナーは、どんな奴かな」
誰に言うでもなく、少年はそう呟いた。