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青い獣、ガトウ−②

 わたしたちは崩壊した地下水路の中に身を隠していた。

 わたしと、リバティと、蛾灯悠一郎。

 わたしの身体はいま、蛾灯の腕に抱えられている。


「あいつが城をめちゃくちゃにしてくれたおかげで、命拾いしたよ」


 自らの腹部をさすりながら、リバティが呟く。

 そうだね、とわたしは蛾灯の声で返事をした。


 わたしの意識はいま、蛾灯の身体にうつっている。

 シトラメンデが再度攻撃を仕掛けた瞬間のどさくさに紛れ、わたしは聖臓(オルガン)の力を使って自分の血を蛾灯に分け与えていた。


 心臓……〈マイ・フェア・レディ〉は自分の血を他者に与えることで精神を乗っ取ることができる。

 ホルマリーナの肉体を動かしたように、わたしはいま、蛾灯の身体を支配しているのだ。


 あの時、わたしたちは一瞬の隙をついてあの場から逃げ出した。

 リバティがコーマの臓器を拾い、意識のうつった蛾灯の身体が”わたし自身の身体”を抱えて窓から飛び出す。

 それから、着地した先の地面が老朽化によって崩れ、地下水路と思わしき場所に溜まった水の中に運良くじゃぼんと着水した。


 わたしとリバティはそのまま水路の中に潜み、城の内部の様子に聞き耳を立てていた。

 まだ、探しているだろうか。

 

「ウォルスリー達はどこにいるんだろう? ねえ白亜、あの男の子の臓器、二つしか奪えなかったよ」


 リバティが残念そうに、両手に握った臓器入りのビンをみせる。

 心臓と膵臓か。

 あの場でその二つも回収できた彼の冷静さに逆に称賛を送りたいくらいだけど。

 わたしは「大丈夫」といって頷いた。


「……やっぱり、君はそっちを選んだんだね」

「……うん」


 乗り移った蛾灯の身体で、自分のものより大きな手のひらをぐ、と握る。

 目の前には”わたし”が居て、”あたし”が先生になっている。

 不思議な感覚。

 部屋の中に残してしまったコーマは、どうなっただろうか。

 わたしは薄情な人間だな。


 

 この世界に誰かが転移されるとき、わたしは毎回その転移場所を記録していた。



 たいていの場合、この世界に転移された人間はその場に居合わせた甲冑頭の欠落者(レシペント)に襲われて、内臓を奪われてしまう。

 内臓を奪われた者はその醜い姿を隠すために、そこらに落ちている誰かの甲冑を拾い、この世界を彷徨う。

 この世界では眼球を奪れても目が見えるから、もしも運悪く鏡を覗ける者がいたら発狂するだろう。


 だから、この世界のあちこちを巡れば、そうした哀れな人間を見つけることができる。

 この世界での死は”内臓を全て潰されたとき”。

 自分の内臓が誰かの内臓としてはたらき、その役目を終えるまで。

 所有者(ドナー)はひたすらこの世界を彷徨うしかない。



 わたしは、そんな所有者(ドナー)達の足取りを記録していた。

 ホルマリーナという全身人工臓器の人形を使って、この世界のあちこちを調べ上げた。


 そしてようやく、この世界にはリスポーンと呼ばれる特異な地点があることを突き止めた。

 あの少年が誰かに襲われる出会えたのも、そこがリスポーン地点だとわかっていたからだ。


 わたしはあの少年に出会い、根城に招いて彼を保護することに決めた。

 けれど本当のところ、わたしの目的は本人に言われた通り、少年の内臓にしか向いていなかった。

 彼の内臓を使って、デルレイを殺すことができたなら。

 この世界を抜け出すことができるかもしれない。

 

 先生と過ごした、あの時間へ。


「上が落ち着いたら、ウォルスリーとシェパーズを探そう」


 不安そうにわたしの顔をのぞいていたリバティに、わたしは声をかける。


「この城はもう捨てる。移動しなきゃ。根城がばれた以上、もうここにはいられない」

「城を? ロキソプロフェン城を捨てるって?」

「リバティ、悪いけど、ここから先はもう後には戻れない」


 わたしは決意していた。

 この場所、このタイミングで先生と一緒になれたことには、何か意味があるに違いない。


 あの日、あの理科室で先生と過ごした時間。

 先生とわたしはその後どうやってこの世界に来たのかは、よく覚えていない。

 でも、構わない。

 

 わたしは元の世界に帰らなければならない。

 なぜだか、誰かにそう言われているような気がしてならなかった。


 この世界にやってきた者はみな、死にかけている?

 だからどうした。


 先生との時間はわたしだけのもの。

 本当に出会えるならばこんな世界じゃなくて、もっと別の場所がいいに決まっているから。

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