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理科室にて

  


  *    *    *



 睡眠薬をたっぷり入れた”おーいお茶”を飲ませて、先生をあたしだけのものにしたいな。


「……ねえ先生、あたし、こんなん嫌や」

「……」

「ちゃんと言って。あたしのこと好きならちゃんと言って。それから、ちゃんとキスして。順番がおかしいやんか」


 放課後の理科室にて。

 あたしと先生は机の上でみつめあっていた。


 まだ赴任したばかりの若い先生。

 黒くてゆらゆら揺れてる前髪が可愛いやんか。

 がとうセンセ。

 どんな漢字を書くかもわからない変な名前。でも、見た目がよければ何でもええやん。

 

「ねえ、先生?」


 黙ってしまった先生の顔に指を這わせる。

 なんて白い肌なんやろか。理科専攻の先生ってのは科学室にでも閉じこもって勉強してきたから、陽の光には縁がないって話をきいたことあるけど、先生の肌はそれとはまた格別に白くて綺麗なんやな。


「ごめん……」

「先生?」

「好き、と言えるかどうか、本音を俺は、迷っています」


 なんやの。

 あたしは先生の目をみつめて睨んでやった。

 それ、どういう意味?

 あたしのこと好きかもわからへんのに、なんでキスなんてしたん? なんで、そんなことできたん?


「でもセンセ、興奮してるやん」

「……」

「これって、あたしのこと好きなん違うの?」


 先生の手が、あたしの背中を強く抱きしめる。

 なんだか、このまま抱き潰されてしまいそう。

 なんで先生は、こんなに迷ってるん?

 どうして好きの一言も言えないんやろ。


 大人って複雑で、でもなんだかアホみたいで可愛いわ。

 ハアハア息を荒くして、まるで野良犬やんか。

 

 先生の手があたしの制服の下から、身体を撫でる。

 ああ、冷たい手や。

 爬虫類みたいに冷たい。先生、まるで死んでるみたい。いや、もうとっくに死んでるんちゃうか。

 あたしの目の前にいるセンセはもう、ここにいるようで、実際はどこにも居ないんと違うか。


「ね、センセ……」

「……」

「好きなん、やろ?」


 理科室のドアには鍵がかかってる。

 誰もこの時間を邪魔できひんようになってるから、あたしたちがここで何をしようと知る人なんておらん。

 だから、ね? 先生。

 好きだって、そう言ってくれたら。

 それだけであたしは先生をちゃんと愛することができるのに。


「×××……」


 先生があたしの名前を呟く。

 なあに?


「一緒に、死んでくれるか」

「……」


 好き、と言われるかと思ったら、全然違う答えやった。

 なんやのそれ。

 あたしは興醒めして、先生に「は?」って言ってもうたわ。


「死んでくれるか、って、言った」

「先生? なんやそれ、愛してるの別の言い方なんか?」


 先生のことを軽く突き飛ばす。

 なんやのこのヒト。気持ち悪い。顔はよくても、中身メンヘラなんて最悪やん。

 あたしはそんな言葉がほしくてアンタに近づいたんやない。

 もっと普通に、もっと手っ取り早く大人の事情を手に入れたくて、顔のいいセンセを選んだだけのことやで。


 あたしが拒絶しかけた瞬間、先生はひどくショックをうけたような顔をしてた。

 なんや、捨てられたチワワみたいで可愛い顔やな。

 でもごめん。あたしはもうやめるわ。

 あんたの内面なんて何も興味ないねん。あたしの思い通りにセンセが愛してくれないなら、他の誰だって構わない。

 真面目にならんといて。


 その瞬間、先生はもう一度あたしの唇を奪った。

 息もできないようなディープキス。あたしはそれを拒絶した。


 でも今度は、先生がものすごい力であたしを抑えていた。

 両手を塞がれて、鼻からの呼吸さえもできひんくらいの、激しいキスをされた。


 それからセンセは、あたしの腕に何かを注射した。

 ヒリついた一瞬の痛みにあたしが声を上げると、センセはハアハアと肩で息をしながら立っていた。


「何!? あたしに何したん、先生!?」


 注射された腕をばりばりと掻き毟って、あたしは思わず叫んでいた。

 理科室から逃げようと、机から飛び降りて走り出す。

 ……そう思って行動した結果、あたしは理科室の床に無様に転がった。


 なんやの、これ。麻酔……?


 身体が動かない。

 睡眠薬でも飲まされたみたいに、意識がとろんと遠くなる。

 視界もなんだかぼやけていって……その景色の中で、センセが理科室のベランダの窓を開けるのがみえた。


 先生はあたしの身体をお姫様みたいに抱き抱えると、そのままベランダに連れていって、はるか遠い地上の校庭を眺めていた。

 あたしの顔を風が横切る。

 なんやの先生。

 まさかと思うけど、ほんまにしたりしないよな?


 嘘、嘘、嘘やろ。

 先生はもう一度、あたしにキスをした。

 もう感覚がなくてわからへんけど、それはたぶん、今まで先生がくれたキスのどれよりも優しいキスやった。

 なんでそう思った?

 ……わからへん。でも、先生、すごく落ち着いた顔をしてたから……。


「ごめんな、×××」


 あたしの身体は、気がつけば宙に落ちていた。

 階段を転がり落ちてゆくような感覚が全身を襲い、それから、あたしは地面に叩きつけられた。

 自分の後頭部が生卵みたいに潰れる感覚がすると、もうあたしは何も考えられなくなった。


 誰かの悲鳴が聴こえる。

 いつのまにか、先生が隣で横になって寝ていた。


 なんや先生、こんなところで居眠りして……。

 ああでも、あたしも眠くなった。


 あたしと先生は並んで仲良く眠りについた。

 大好きながとう先生。

 その綺麗な顔で生まれて良かったね。次に生まれるときはあたしも、今よりもっと綺麗な顔で生まれてみたいなあ。なんて。

 やがて全てが真っ暗になる。

 あたしの世界と、先生の世界。


 ふたつが繋がる。そんな感覚。

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