旧市街-①
一時間前、俺は妹の病室に立っていた筈だった。
「命乞いをしろ……」
「ちょ……チョ=ドンゴッ!?」
目の前に立っている甲冑頭(銀色だが、ひどく錆びている)の大男が、俺の前に仁王立ちで武器を構えている。
槍のような鉈のようなその武器の形状は、武器としか言いようがない。
突然のことに俺はつい韓国人俳優みたいな悲鳴を上げてしまった。同姓同名の方がいたら、この場を借りて深くお詫びしたい。
「子供……貴様、"新鮮"だな?」
「なんの話ですか?」
「なんという幸運……これは市場で高く売れそうだ」
繰り返す。
俺は一時間前、確かに妹が寝かされている大学病院の一室に立っていた筈だった。
それが今、気がついたらこうして見知らぬ場所で絶体絶命におちいっている。
この場所は、路地?
俺の背後は壁とゴミで塞がっていて、どうやら逃げ場のようなものはない。
雨が降っていた。
雷がごろごろと低く響く。辺りは夜みたいに暗い。
病室にいたときは、まだ明るい昼だった筈なのに。
大男が武器を振り上げる。
俺は「あ、殺られる」と思った。目に雨が入るのも忘れて、男が振り上げた武器の動きがゆっくりと……スローモーションになってゆくのをじっと、眺めていた。
その瞬間、雨に生温い液体が混じって俺の顔を濡らした。
大男の腹部から、人間の"腕"がはえていた。
何がどうした?
俺がぼーっとしていると、男の腹部から突き出た腕はその手に何かを握っているのがみえた。
俺の記憶が確かなら、握られているそれは理科室の人体模型にはまっているアレにそっくりな、いわゆる人の"内臓"ってヤツだった。
「……生体識別番号1000578。安物の膵臓」
その手は大男の目の前で、掴んでいた内臓を握り潰した。