後編
CM明け。
「えー、では引き続き、第四回後宮ドラフト会議の模様をお届けいたします。解説のタケダさんは……えー、急病のため、ここからはわたくしゴコクジと――」
「あのバカのかわりに急遽解説を務めることになった、皇国守護稲荷の白尾じゃ、よろしゅうに」
赤い隈取化粧が印象的な、白いもふもふの尻尾を9本も生やした見た目ローティーンの金髪狐耳娘が、カメラに向けて片手ピースで挨拶をキメる。
その稚気溢れるTシャツホットパンツ姿からは想像もつかないが、これで実のところ齢900を超える大妖で、皇国を創成期から見守ってきたVIP中のVIPである。
「まさか守護稲荷様にお越しいただけるとは。先ほどは暴漢の鎮圧にもお手をわずらわせてしまいまして」
「放っておけば死人が出そうじゃったからの。いくら名高い剣術指南役殿が相手とはいえ、近衛の連中も不甲斐――」
「で、では! 指名も出揃いましたし、さっそく抽選と参りましょう!」
ゴコクジが早口で守護稲荷の発言に被せる。
タケダの件はあくまで急病で押し通すつもりのようだ。
「シズカ・ユミナミ嬢とミサキ・スギタニ嬢は指名重複のため籤による抽選となります。――まずはシズカ・ユミナミ嬢の抽選から。御三方、前へお越しください」
今上帝ナリアキラ、皇太子キサラギノミヤ、第三皇子チガノミヤの3名がそれぞれのテーブル席から前に出てくる。
「不正がないことを証明するため、去年麟さまの指名を獲得されたナリアキラ様は最後の籤となります。では、キサラギノミヤ様からお願いします」
キサラギノミヤ、チガノミヤ、ナリアキラの順でブラックボックスから籤が引かれる。
「それでは開封してください。当たりの方は籤を開いた状態で挙手をお願いします」
3名がそれぞれ籤を開き――
当たりの籤を高くかかげたのは、今上帝ナリアキラであった。
「わしは持ってる」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!」
父と子の明暗わかれるリアクションであった。
なお、チガノミヤは終始空気であった。
司会のゴコクジが解説の守護稲荷に話を振る。
「この引きの強さ、さすがは帝といったところでしょうか」
「うむ。天運を欲しいままにしてこその帝じゃ。逆に言えば、この程度の籤も引き寄せられんようになった時こそ、あやつの引き際というわけじゃな」
「2年連続で苦杯を嘗めたキサラギノミヤ殿下には言葉もありません」
「あとで妾が慰めておこう。なに、まだ優先交渉権を得ただけじゃ。実際に後宮入りするかどうかは今後の交渉次第となる」
「帝、ダテに帝してないですから。あの方にOHANASHIされて後宮入りを断れた姫は未だおりませんよ」
「これ、余計なことを言うでない。事実は時に人を傷つける」
「失礼いたしました。――では、気を取り直して」
「本番じゃな!」
おねショタ純愛になるのか、それとも絶倫のおじさんによるお見せできないものになってしまうのか。
ジャンルを決する運命の時だ。
「ミサキ・スギタニ嬢の抽選を行います。御二方、どうぞ前へ」
ゴコクジの呼びかけに、スオウノミヤとネリノミヤが前に出てくる。
母である正妃一位の澪によく似た優しい顔立ちのスオウノミヤと、今上帝を横に引き延ばしてさらに性欲を4割増しにしたような顔立ちのネリノミヤ。
対照的な両者が籤箱の前に並び立つ。
最初に口火をきったのは12歳スオウノミヤだ。
「み、ミサキは叔父上には渡さない!」
対するネリノミヤは、
「ふふ、知っているかいスオウ。蓮の蕾はね、その身をひたす泥濘が濃ければ濃いほど、あでやかな大輪の花を咲かせるんだ……。ああ、キミの大切にしている無垢な蕾は、ボクという穢れに漬かって、どれほど淫らな夢色の花を咲かせてくれるのだろう……」
ねっとりと語る。
「うわ、きもっ」
「守護稲荷、本音漏れすぎです」
「見よ、さぶいぼが出たぞ」
「さぶいぼて、古っるいですね!?」
「おぬしもたいがい失礼じゃなッ!?」
「――さあ、運命の抽選です」
合法ロリBBAと適度にじゃれ合いつつ、ゴコクジがスマートに進行する。
スオウノミヤ、ネリノミヤがそれぞれの籤を引いた。
スオウノミヤは追い詰められた表情で、ネリノミヤは余裕たっぷりに。
そして――
「……ッ! ――ミサキ!」
「……殿下ッ!」
勝利の女神はショタ皇子スオウノミヤに微笑んだ。
当たりの籤を握りしめたスオウノミヤがスギモト嬢に駆け寄り、周囲の目もはばからず全身で抱き着く。
スギモト嬢も感極まったように殿下を抱き返した。
ネリノミヤは完全に当て馬にされた格好である。
「バカな……」
信じがたい敗戦にネリノミヤが茫然と呟く。
「えー、守護稲荷、ネリノミヤ殿下の敗因はなんでしょう」
「夜想曲の神の加護がなかった」
「……なるほど」
たしかに今はお昼時。
健全を司る神の時間だ。
「このまま何事もなく、すべて恙なく健全に終わることを期待したいですね」
「そうじゃの、健全が一番じゃ」
「では、指名を逃がした御三方、再度指名をお願いいたします」
ゴコクジが失意の3名に声をかける。
「……麟先輩もシズカもいない後宮なんて」
「ほらほら、気落ちしない。ハズレ指名は頑張って無理も聞きますから、内諾が得られてない方でも構いませんよ、さ、望みの姫をどうぞ」
ゴコクジによるしばしの励ましの後、ようやく3人の一位指名が決まる。
そして――
「第一順選択希望姫君。皇太子キサラギノミヤ殿下。――カナ・イツキノミヤ。20歳。斎王」
ウグイス嬢の読み上げた内容に、守護稲荷が呆れかえる。
「呂勢神宮の斎王じゃと? 神道勢力を敵にまわす気か? オロチを封ずるイツキノミヤは穢れなき乙女でなければ務まらん。第一、今代の斎王はあやつの異母姉ではないか」
「えー、殿下のコメントを読み上げます。『余は子を産む女が欲しいのではない、癒しが欲しいのだ。今はただ、姉上に戻ってきてもらい、無心で甘えたい』――以上です」
「……完全に心が折れとるではないか」
「まあ、ハズレ1位の希望はできるだけ叶えてさしあげるのが原則ですから、前向きに善処してみたいと思います」
「おぬしも苦労するのぅ。ハゲるなよ」
「頭頂部をチェックしないでいただきたい」
続いてネリノミヤの指名が読み上げられる。
「帝弟ネリノミヤ殿下。――カナ・イツキノミヤ。20歳。斎王」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!」
「不味い、殿下がキレた! 抑えろ!」
そこで再度CMが入る。
なお、厳正な抽選の結果、呂勢神宮の斎王カナ・イツキノミヤ殿下の優先交渉権はネリノミヤ殿下が獲得した。