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件の九段  作者: 明石 凪
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心霊写真/心写霊真 肆

心霊写真/心写霊真


 肆


 この高校の写真部は名門らしい。その自慢話を、放課後になって写真部の部室に案内される間、ずっと聞かされていた。わけのわからない調査のためとはいえ、そう言った話を聞いてくれるのがうれしいらしい。宇都宮さんは(この少女を下の名前で呼ぶのはなんだか抵抗がある。)楽しそうにそれらを話していた。

 去年写真部に在籍していた先輩が、かなりすご腕だったらしい。プロのカメラマンとして将来活躍するだろうと言われていたとか。

 その先輩がどれほどすごかったか、ということを聞かされた。

 写真部の部室に着いた。彼女はポケットから取り出した鍵で、部室のドアを開けた。部室は、写真部専用に割り当てられているみたいだ。部活棟の二階にあった。

「鍵、君が持ってるの?」

「そうよ。だって、私が部長だもの。」

 宇都宮さんは二年生だから、三年生はいないということかもしれない。三年生を差し置いて二年生が部長を務めると言うこともあるけれど。

「とにかく入って。」

 先に部室に入って行った宇都宮さんに促される。僕は埃っぽい部屋に足を踏み入れた。

 パチ、と言う音がして、電気が付く。中は割と整頓されていた。真ん中に長机が二つと、パイプ椅子が全部で五つ。奥は窓だけれど、カーテンが閉められていた。入口から向かって右側には棚があり、ファイルが収められている。

 宇都宮さんはパイプ椅子を一つ引いた。座れという意味だろう。僕はそこに座る。

 彼女は棚から一冊のファイルを選んで、僕の前に置いた。

「これ、私が撮った写真。あなたが見たがってる、去年のキャンプの時のものよ。心霊写真は写ってないと思うけど。」

「そうかもしれない。とにかく、調べてみるよ。」

 ファイルと思ったそれは、アルバムだった。プラスチックのカバーだから、見分けがつかなかった。

 パラパラとページを捲って行く。宇都宮さんに見せてもらってるんだから、あんまりじっくり調べるわけにもいかないかと思った。

 ざっと読み終わった。

「キャンプの分はこれだけ?」

「ん? ええ、そうよ。他の行事の分も見る?」

 どうしようか。見た方が参考にはなるけど、もう大体分かった。というより、むしろわからないことが増えたんだけど。

「んー、いや、もう大丈夫だよ。写り込んでるものも大体分かったし。調べたいことは調べれた。」

「ほんとに? 眺めてただけじゃない。」

「眺めてただけだけど、眺めればわかることもあるのさ。」

 さて、これからどうしようかな。僕はとりあえずファイルを閉じた。表紙には『H十九年 一年キャンプ』と手書きで書かれていた。

 写真を眺めていてわかったことは二つ。

 心霊写真の発生にバラつきがあること。それから、数回だけど帚木沙織が写っていた写真があり、それらは誰が見ても分かるような心霊写真じゃなかったこと。

 これから分かることは二つ。ひとつはキャンプ場が霊的な要素を持っていたかもしれないということ。もう一つは、帚木沙織を撮影すれば必ず心霊写真になるわけではない、ということ。

 前者の結論はどうでも良い。しかし、帚木沙織の写真が全て心霊写真ではないということは、かなり重要だ。

 彼女に引かれた幽霊たちは、何らかの理由で彼女に憑けずにいるということ。

 幽霊吸着体質は、本質的には幽霊に対して何らかの反応をする体質か、幽霊に対して何らかの影響を与える体質のことを指す。

 誰にも反応してもらえない幽霊たちは、自分と接点を持つ存在に必ず引かれる。そして、その存在の傍にいようとする。

 恋人に依存するようなものだ。

 つまり、こんな風に霊が纏わり付いて離れない状態を、霊に憑かれたと形容するわけだ。

 帚木沙織が幽霊に憑かれていないということは、帚木沙織は幽霊吸着体質ではないということになる。それなのに、彼女を撮影するとその写真が心霊写真になる頻度がかなり高い。一生心霊写真らしい心霊写真を撮影しない人間が存在することを考えると、間違えなく恐ろしく高い確率だ。

 何か原因がある。

「……あの、依喪くん?」

 気まずそうに話しかけてきた宇都宮さん。そうだ、ここ、写真部の部室だった。

「ん? ああ、ごめん。邪魔だったね。すぐ出てくよ。」

 僕はそう言って、席を立とうとする。

「違う。別に邪魔なんて言ってないでしょ。そうじゃなくて、写真の感想が聞きたいの」

「ああ、なるほど。」

 そうか、彼女はそういう種類の人間だった。

 何と言ったものか。ここでまたファイルを開けば、それは写真をよく見てませんでした、と言っているようなものだ。けれど、事実良く見ていない。適当な答えだと、嫌な気分にさせるかもしれない。

「写真そのものは、よくわからないな。でも、よく撮れたと思うよ。写ってる人がみんな楽しそうだ。楽しかったんだろうけど、そう言う意味じゃなくて、楽しそうに写真に写ってる。」

 当たり障りがない程度に、正直な感想を言った。

「素敵な写真だと思うよ。」

「ほ、本当?」

「本当。僕は写真評論家じゃないから、詳しいことは言えないけどね。良い写真だと思う。」

 宇都宮さんは本当にうれしそうに笑った。ファイルを棚に戻す。

「私ね」彼女は僕に背を向けたまま言った。「写真って好きなの。」

 ……いや、知ってる。

 彼女が何を言いたいのか僕にはわからない。

 振り返って、僕の正面に座る。手には別のファイル……というよりも、小さなアルバムのようなものがあった。

 僕にそれを差し出す。

 受け取って、中を開いた。一つの頁に、二つの写真が入っている。

 パラパラとめくる。どれも、風景や小物を写した写真だった。人は、映ったとしても体の一部や、影。けれど、どれも生活感にあふれた写真だった。

 何だろう。

 そこにきちんと人が生きている。それが、写真になっている。どうやったらこんな写真が撮れるのか、不思議なくらいだ。

 人を写さずに人を映す、とでも言えばいいのだろうか。

「この写真は、宇都宮さんが撮ったの?」

 僕は写真から目を離さずに尋ねた。めくればめくるほど、少しずつ感動できる。

「違うわ。去年卒業した先輩の。」

 ああ、なるほど。僕は納得した。

「その写真は直接公開したものじゃないんだけどね。その人はそんな写真が好きだったのよ。」

「…………」

 唐突に始まった独白のような言葉に、僕は何も言わなかった。

「私もそのひとみたいに、自分で好きだって言えるような写真を撮りたいと思ってる。」

 好きな絵を描きたい。

 好きな音楽を奏でたい。

 好きな詩歌を歌いたい。

 好きな小説を書きたい。

 好きな学問を学びたい。

 好きなプログラムを組み上げたい。

 好きに作りたい、それができないことの、何という苦しさ。

「でも、私には今のところ、撮りたい写真なんて全く無いのよ。撮りたいと思う瞬間が全くない。」

「……写真、好きなのに?」

「好きよ。好きだけど、好きなのは写真なの。きっと私は、不純なのよ。写真を撮ることが好きだけど、撮りたいものがあるから写真を取っているんじゃないわ。」

 手段が目的になってしまって、元の目的が紛失する。記録するという目的のために写真を撮るという手段を用いるのが、自然だ。けれど、写真を撮ること自体が目的になっている。

 でも、それが芸術だろう?

 それは、表現の形だろう?

「私には撮りたいものがわからない。」

 色の無い絵画。

 旋律の無い音楽。

 言葉の無い詩歌。

 文脈の無い小説。

 目的の無い学問。

 解決すべき問題の無いプログラム。

「写したいものがなければ、やめるのかい? とりたいものが見つからなければ、写真を撮らないのかい?」

「……いいえ、そう言うわけじゃないわ。」

 彼女はそう言って笑った。

「ただ聞いてほしかっただけよ。ここ、今、私一人だから。」

 三年生どころじゃなかった。二年生も一年生も、全くいないのか。まさか彼女一人だとは思わなかった。

 でも、だからって。

 寂しそうな顔をしないでくれよ。

「でも、良いじゃん。宇都宮さん、写真、好きなんだろ? だったら、好きなことを好きにすれば良い。」

「うん、そうね。今も好きにしてる。好きに写真を撮って、好きに現像して、好きに楽しんで、また好きに写真を撮ってる。でも、一度も、私の写真に満足したことがないのよ。それが残念。」

「……満足、って言うけれど、そもそも、自分の作品に満足できる創作家なんてそうそういないと思うよ? 自分の作品を最高傑作だって言う小説家は、どう考えてもただの馬鹿だ。求め続けるから、もっともっといいものを作ろうとするんじゃないかな?」

「求め続けるから……」

「そう。満たされないから求め続ける。天才ってのは孤独なんだよ。」

 天才だけが孤独だとは限らないけれど。

 けれど少なくとも僕は、天才をそういった概念だと定義する。自分の中の欲求を一つの方向にだけ向けることができる愚直さは、持っていなければならない。

「天才には二種類の意味がある。ひとつは絶対に他人にはまねできないような卓越した能力を持っている存在。もう一つは、絶対に他人が妥協するような事に妥協しない存在。前者はどこにでもいるけれど、後者はなかなかいない。」

「……ずいぶんと断言的なセリフね。」

 彼女はむしろ呆れていた。良かった。寂しそうな表情はしてほしくない。苦手だから。

「事実だからね。まあ、でも、この写真を撮った人が、君の尊敬する先輩がどんな人なのかは知らないけれど、写真は能力じゃなくて感性とこだわりだろう? だったらおそらく、彼は後者の天才だったはずだ。つまり、はじめからの天才じゃない、努力して成った天才。」

 まあ、本当はその先輩のことなんて、全く何一つしらないんだけれども。

「だから、宇都宮さんも、写真にこだわり続けるなら、いつか良いものが撮れるよ。君が納得できなくても、僕が素敵だと思うような作品が撮れる。今でも十分素敵な写真だと思うしね。」

「うん。ありがとう。」

 宇都宮さんは笑った。

「どういたしまして。」

 僕はおどけて両手を広げた。それから、アルバムを返す。部室を出ると、彼女も付いてきた。

「もう帰るの?」

「うん、そう。ほとんど倉庫みたいに使ってるからね。ここに居ても仕方ないのよ。」

 なるほど。道理で埃っぽい空気がしたわけだ。

 鞄を取りに校舎に戻った。宇都宮さんは隣のクラスだった。学校指定の通学鞄と、カメラが入ってるのか、大きめの別の鞄を持って、出てきた。

「一緒に帰ってもいい?」

「別に良いけど、家どこ?」

 宇都宮さんが告げた地名は、僕の家の近くだった。学校から歩いていける距離。

 僕たちは結局、二人で一緒に帰った。

「あなた、なんで心霊写真のことなんて調べてるのよ?」

「ん? いや、頼まれごとでね。僕が頼まれたわけじゃないんだけど、巻き込まれちゃったんだよ。」

 宇都宮さんは首を傾げる。しかし、すぐに切り替えた。

「誰に頼まれたの?」

「帚木沙織さん。心霊写真が少なくない頻度で写る女の子。これは昼休みに話したよね?」

「そういえば言ってたかも。でも、その写真、本物なの? その子が加工してそう見せかけてるんじゃなくって?」

「それは無いよ。というより、今のところ本物だと思ってる。その辺の調査はもう一人がやってくれてると思うから大丈夫だよ。」

 魅斗の方が顔が広いし。もともとあいつが引き受けた依頼なんだから、それくらいはやってるだろう。やって無かったら一週間分、昼食を奢ってもらう。

「ふうん。そういうオカルトな話、本当にあるんだね」

「いや、どうかな。普通は、こう言う話は嘘っぱちだよ。表に出てるような話は大抵が紛いものだ。」

「そうなの?」

「そうだよ。有名な心霊スポットとか、そんなのは大抵ね。だって、人が何人も出入りするような場所に、わざわざ彼らが住む筈がない。」

 幽霊は別だけれど。基本的に妖怪たちは、社会に溶け込んで生きているか、もしくは、そこから離れているか。もちろん、今でも呪いに利用されたり、悪い物によっていく者もいるけれど。

「ねえ、不思議なんだけどさ。依喪くんって何者? 写真に写らないって言ってたけど、もしかして本当なの?」

「ん? ああ、本当だよ。鏡にも写らない。」

「……どうして?」

「そういうものさ。僕の場合、君が見ているだけなんだよ。存在の証拠が残らないようになってるんだ。」

 太陽に焼かれない突然変種の吸血鬼。

 それが僕だ。

 程なくして宇都宮さんと別れ、僕は家に帰った。そのころにはすでに太陽は沈んでいた。

「ただいま。」

「おかえりなさい。」

 リビングから母さんの声が聞こえた。母さんは吸血鬼じゃない。吸血鬼は基本的に子供を作る能力を持たないから、母さんが吸血鬼だと僕が生まれなかったことになる。

「晩御飯、できてるわよ。」

「うん、今行くよ。」

 そう言って、二階に上がった。鞄を置いて、管狐の管を取り出す。狐は増えていた。

 僕は一階に降りた。リビングから花鉈の声が聞こえる。


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