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件の九段  作者: 明石 凪
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心霊写真/心写霊真 参

心霊写真/心写霊真


 参


 翌日は朝から雨だった。憂鬱な気持ちになりながら、体を起こす。それから制服に着替えて、階段を十三段、降りた。玄関の前を通って洗面所に向かう。顔を洗って、歯を磨いた。

 リビングに行くと、母さんが食事の用意を済ませてくれていた。僕はテーブルについて、手を合わせてからそれを食べる。書き置きがあった。

『虫食い穴』

 ……?

 いや、母さん。流石に、意味がよくわからないよ。何のこと?

 僕は母さんの書き置きを無視して、朝食を食べ終えた。一旦部屋にもどり、カバンに教科書と管狐を放り入れる。

 学校への道は退屈だ。コンクリートばかりで。植物が無い。たまに幽霊がいるけど、そいつらも僕には鬱陶しい。

 それに、今日は写真のことを調べないといけない。写真が、あの写真は僕も魅斗も心霊写真だと思ったけれど、ソフトウェアで解析してみないことにはわからない。それに、自分で描いた合成写真に呪いを施した可能性もある。

 教室にはいると、沙織ちゃんと目があった。

「あ、依慈亞くん!」

 明るい笑顔で僕を呼ぶ沙織ちゃんに、おもわずキョドった。名前を呼ばれるのには慣れてない。

「お、おはよう。」

 ぎくしゃくしてないかな、とか思いながら挨拶を返す。沙織ちゃんは僕のところまで来た。

「写真のこと、なにかわかりましたか?」

「うん、少しね。まだ何とも言えないけど。……あ、そうだ。沙織ちゃん、借りてる写真、水族館で撮ったヤツがあったよね?」

「え、んー、はい。確か。それがどうかしましたか?」

 僕は自分の席に鞄を置く。沙織ちゃんも後を付いてくる。僕は席に着いた。

「いや、ちょっと調べに行こうと思って。あの水族館、どこにあるの?」

「えっと、確か、駅で三つくらい行ったところに。今度案内しましょうか?」

 ふむ、どうしようか。沙織ちゃんみたいな可愛い子とデートできるなら文句はないけれど、彼氏でもない僕が沙織ちゃんを連れ回すってのは、なんか気が引ける。いや、本当は全然気が引けないんだけど。

「うん、そうしてくれると嬉しいな。」

 僕は沙織ちゃんにそう言った。

 チャイムが鳴ったので、沙織ちゃんはそれじゃあと言って席に戻った。クラスメイト達も、ガタガタとうるさい音を立てながら席に座って行く。

 担任が入ってきた。HRはすぐに終わった。一時間目は数学。

 暇だ。

 そう思って、うつ伏せた。眠る。

 夢は見なかった。

 夢なんて見たことが無い。僕は人間じゃないんだし。夢を見るほど若者でもない。いや、割と若者なんだけどさ。

 目を覚ました。時計を見ると、昼休みだった。雨は上がっていた。一時間目は9時に始まって、今がちょうど1時。だいたい4時間。これで合計6時間睡眠だった。人間の最低睡眠時間はこれくらいだったと言われていたような気がする。脳医学者じゃないので本当のところはわからないけれど。しかし、睡眠っていう行為そのものが霊的な意味を持っている以上は、必ずしも医学だけが重要ではない。

 まあ、そんな講釈は置いておこう。

 僕はノロノロと立ち上がる。鞄の中から財布を取り出して、教室を出た。

 見たことの無い顔ばかりだ。そもそも、僕が覚えている生徒なんて、魅斗と沙織ちゃん、それから琴音くらいのものだ。琴音は僕の幼馴染。

 高校の外の知り合いはもう少しいるけど。

 人外まで含めるともっといるな。

 購買で焼きそばパンを買った。本当はカスタードパンが食べたい気分だったけど、売れ残りが焼きそばパンしかなかった。時計をもう一度ちゃんとみると、昼休みも半ば。なるほど、寝過ごしたらしい。つまり、カスタードパンは全て売れてしまったということ。

 仕方無く買った焼きそばパンを手に、僕は教室に戻ろうと、歩き出した。

 途中、女子生徒が裏庭で写真を撮っているのを見つけた。

 写真部? それか、写真が趣味か。どちらかかもしれない。写真部がこの学校にあるのかどうか、僕は知らないけれど、持っているカメラがそこらのデジカメではなかった。プロのカメラマンが使っていそうなタイプのもの。やっぱり僕はカメラに詳しいわけじゃないので、その女子生徒が持っているカメラがそういった本格的なものなのかどうかはわからないけれど。

 使えるかもしれない。

 そう思った。僕は歩く方向を変えた。購買の隣の裏口を通って外に出ると、校舎に沿って歩き、角で右に曲がった。そこが裏庭。

 女子生徒はまだ写真を撮っていた。何を取っているのかは不明。木の枝にカメラを向けているように見える。まっすぐに下ろした髪は、型の辺りまで伸びていて、茶色に染められている。明るいブラウン。

「こんにちは。」

 僕は彼女に話しかけた。

 すると、彼女はビクリを肩を強張らせて、こちらを振り向いた。

「誰? 足音を立てないで女の子に近づくなんて、さてはあなた、変質者ね!」

「違う! それは盛大なる誤解だ!」

 思わず叫んだ。

「ん? なんだ、違ったの。」

「初対面を変質者よばわりするなよ!」

「足音を立てないあなたが悪いのよ。」

 断言されてしまった。いや、まあ、足音が無かったのは、うん。無意識なんだけどさ。

「まあいいわ。」

 彼女は構えていたカメラを下ろして、体をこちらに向けた。

 近付いてきて、じろじろと僕を眺めまわす。僕はなぜだか抵抗できなかった。

 完全に彼女のぺース。

「何見てんの?」

「いや、写真のモデルに使えるかと思って」

 こいつ、パパラッチじゃない。本物の写真家だ。

「……いや、僕は撮らない方がいいよ?」

「なんで?」

「病気でね。写真に写らないんだ。」

 そう言うと、彼女はあからさまに胡散臭そうな表情になる。何いってんのこいつ頭大丈夫? って聞こえてきそうだった。

「まあ、それもどうでもいいわ。どうせモデルになりそうにないし。」

 さらりと失礼なことを言う彼女だった。

「それで、私に何か用事?」

「うん、そう」

 んー、何から話そうか。

 心霊写真のこととか、言っても信じそうにないし。普通のひとに話すとかなり変人扱いされそうな話ではある。

 まあいいや。作り話のほうが面倒だし。

「実は今、心霊写真について調べてるんだけど。帚木沙織さん、知ってる?」

 尋ねると彼女は首を振った。

「知らないわ。その子がどうかしたの?」

「その子を写真に撮ると、心霊写真が写るらしいんだよ。毎回じゃないんだけど、少なくない頻度で。」

「……心霊写真って言われても、私は写真解析の専門家じゃないわよ? ただの写真好きな女子高生。写真の解析はお断りだわ。それに、心霊写真なんて信じられないし。」

 まあ、普通は信じられないよな。心霊写真のことなんて、その存在を確信している僕でさえ、それが大抵の場合はまがいものであることには賛同しているくらいだし。

「まあ、そこは置いて置いてくれ。それになにも、心霊写真の解析を頼もうと思ってるわけじゃない。……去年のキャンプの時、君はそのカメラで写真を撮ったんじゃないか?」

「ええ、撮ったわね。友達がほとんどだけど、みんなが歩いている風景とか、いろいろ。……まさかあなた、私が撮った写真から心霊写真を探そうって言うの?」

「そのまさかだよ。」

 写真家の少女は呆れた表情になる。

「そんな写真があったら私が気付くに決まってるでしょう。わざわざあなたに写真を見せたりしないわ」

「そうかもしれないね。でも、君はさっき自分で言った通り、写真解析の専門家じゃない。」

 彼女はそこで言葉につまる。

「確かに君は君自身が撮影した写真全てを記憶しているだろう。すべてを思い浮かべることができるだろうね。それは間違えないと思う。君の写真に対する思い入れは、初対面の僕にでも窺い知れる。けれど、君は写真解析の専門家じゃない。君の撮影した写真全てが心霊写真で無いとは、断言できないんじゃないかな?」

「それは……確かに。そうね。でも、あなたはどうなのよ? 写真解析の専門家だ、とでも言うの?」

「いいや、違う」

 僕は断言する。

「だったら、あなたが私に声をかけた理由がわからないわ。写真が目当てじゃないんでしょう?」

「それも違う。僕が君に声をかけたのは、君の写真を見せて欲しいからだ。できれば、学校専属のカメラマンが撮影した写真も調べたいけれど、それは後回し。まず、君の撮影した写真すべてを調べて、心霊写真を選びだす。それが、ヒントになると思うんだ。」

「ヒント……?」

「そう、ヒント。帚木沙織を撮影した時に頻繁に心霊写真が写る原因を探るヒントだ。」

「……ちょっと待って、なんだかおかしくない?」

 彼女は眉間に皺を寄せた。

「あなたの話を聞いてると、まるで、心霊写真がたくさんあるとでも思ってるように感じるわ。でも、心霊写真なんて撮れる方が珍しいじゃない。」

 そのとおりではあるけれど、本当は違う。

 心霊写真はどこにでもある。ただ、普通の視力で見てもわかるほどに幽霊が鮮明に映った心霊写真が少ないだけだ。

「それは、少し説明が面倒なんだよね。」

 説明は簡単なのだけれど、わかってもらうのが面倒だ。

「とにかく、君が撮影した写真を見せてくれないかな?」

「見せてくれもなにも、いくらでも見せるわよ。部室に行けば、他の人が撮った写真もあるし。」

「……部室?」

「そうよ。」

 彼女は胸を張って言った。

「私は宇都宮茉莉。写真部よ。」

 やっぱり写真部ってあったんだね。


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