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件の九段  作者: 明石 凪
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心霊写真/心写霊真 弐

心霊写真/心写霊真


 弐


 僕は家に帰って、写真を調べていた。タイルカーペットにホワイトのデスク。いくつかのコンピュータ。今走らせているのはMacだ。ブラックのボディのMacBook。写真をスキャナで取り込んだ。それを三つならべて、見比べている。

 魅斗に預かった写真を調べていてわかったことがある。それは、写り込んでいる幽霊がどれも間違えなく別のものであるということ。さらに、それら幽霊に一切共通点が無いということ。おそらく、浮遊霊を捕まえていることになる。

 幽霊を引き寄せても、幽霊に憑かれていない。不思議といえば不思議だ。いや、これはむしろ変だ。

 幽霊は基本的に孤独だから、理解者を求める。

 生きていた時から、孤独だった。

 だから、誰かに自分をわかってほしくて。

 その想いが強すぎて。

 消え去らない幽霊になっていく。

 そんな幽霊が、自分の存在に反応する彼女の体質に気づいて尚、彼女に憑かないというのは、不思議だ。

「んー、沙織ちゃんの家に、霊能者でもいるのかな。それか、土地神か、なんか強い幽霊か。」

 あまり想像できないけど、そうでもないと説明がつかないのも事実……。

 たとえば、この写真が撮れた直後は幽霊に憑かれていたんだと仮定しよう。これは自然なことだ。

 沙織ちゃんの肉親の誰かが霊能者、それも、簡単な幽霊であれば徐霊できる程度の能力を持っているとする。そうすると、沙織ちゃんに気付かれないように徐霊し続けていたんだと考えれば、毎回写真に幽霊が写らない――つまり、沙織ちゃんが憑かれていない理由が説明できる。

 もしくは、沙織ちゃんの家に土地神や、ほかの強力な思念体があれば、それらの力に浮遊霊が耐えられなかったということも考えられる。人間でも、強いプレッシャーに耐えられないように、思念体である幽霊も同じものだ。

 けれど、どうも違う気がする。

「うーん、なんというか、沙織ちゃん、なにかまだ秘密にしてることがあるんじゃないかな……。」

 この予想は多分正解だと思う。

 一度憑いた幽霊はその日一日、少なくとも家に帰るまでは離れないということになる。見せてもらった心霊写真のうち一枚は、学校行事でキャンプに行ったときのものだ。あまり記憶していないけど、沙織ちゃんが写った『普通の写真』は他にもあったはず。

 それに、最後にみんなで撮った集合写真には、幽霊が写り込んでいなかったように思う。集合写真は、クラス全員に配られた。

 僕も持っていた。捨てたけど。

 クラスメイトが騒いで無かったから、やっぱり心霊写真ではなかったんじゃないかと思う。

 カタ、

 管狐の筒が揺れた。狐はいつの間にか二匹に増えていて、僕は少し驚いた。どこかから捕まって来たんだろうか。

 僕は筒を持ち、二匹を外に出してやった。

 スルリ、

 二匹の狐は筒の外に出て、僕の前に浮かんだ。主従契約を結んだ訳でもないのに、律儀なんだな、と思う。

「お前たち、言葉は使えるのか?」

 僕がそう言うと、二匹の狐はよくわからない鳴き声を上げるだけで、答えなかった。

 言葉は使えないのか。

 どうやって意思疎通するんだよ。

「まあいいや。ほら、お前、もう戻っていいよ。」

 片方の狐に目を向けてそう言うと、どうやらこちらの言葉は解るようで、素直に管に戻っていった。

「よし。」僕は狐の筒を持ち、残った一匹に視線を向けた。「ちょっと散歩にでも行くか。」

 僕はMacBookを閉じた。

 狐は素直に僕に着いてきた。いや、憑いてきたと表現した方が正しいのかもしれないけれど、それはまあ、細かい話だ。

 外に出ようと思った理由は簡単で、この狐を連れていたらどうなるのかを実験してみたかっただけだ。それから、この狐との意思疎通を図らないといけない。

 僕と狐は部屋を出た。階段を十三段下りて、それから玄関を出る。四車線の道路の上を横断している橋を渡り、それから、小さな公園に入った。僕の家の前はかなりうるさい。自動車なんてなくなればいいのにな。

 錆びついて揺らすと軋んだ音を立てるブランコ。塗装が剥げて可笑しな色をしているすべり台。腐りかけた木で組まれたベンチ。雨にさらされて硬くなった地面。風に吹かれ続けて大きな砂粒しかのこっていない砂場。螺子が取れて棒が回転するようになった鉄棒。

 まるでこの場所がガラクタになってしまったみたいな、そんな風景。

 ずっと昔は、僕もここで、普通の子供と同じように遊んでいたのに。その思い出はもう、ここには残っていない。

「写真でも撮ってたら、その思い出も残ってたのかな。」

 けれど。

 けれど、その写真すら、この公園のように色褪せていくものなのに、どうして、写真を残すことに意味があるんだろうか。

 写真を残したところで、色褪せた昔を見たところで、それがただの色褪せた昔である以上、この公園をもう一度見に来ることと、写真を見返すこととは、何も違わないと思うのは僕だけだろうか。

 きっと僕だけだろう。

 そんな冷めた感触で、世界に触れているのは。

 狐が僕に寄り添った。意外なことに、こいつは温かかった。

 僕はブランコに座った。公園の固い地面。その向こう側は、もっと硬いコンクリートだ。フェンスの向こうに細い道と、その向こうには小さなビル。ぐちゃぐちゃに灰色な町の、茶色く錆びた一角。

 どうしようか。写真はおそらく、というより何度も確認したけど、間違えなく本物の幽霊だ。

 だとしたら、写り込んでいた幽霊たちが今どうしているのかを調べるくらいしか、やることが思い浮かばない。調べること自体は樹裕にでも頼めばいいんだけど、そうすると、僕が暇だ。

 いや、暇でも良いんだけどさ。頼まれた以上、なにかしたいし。

 ……そうだ、水族館。

 あの三枚のうち、一枚は水族館だ。そこで映った霊は数が多かった。水周りだから霊が集まったんだろうと思ったけれど、果たして本当にそうなのか。

 つまり、あの幽霊は本当にあの場所に居た幽霊なんだろうか。

 一度足を運ぶ価値はあるかもしれない。

 ……ん?

 僕は一つ気付いた。というより、どうして今までそれに気付かなかったのか、それが不思議でたまらない。

「魅斗は管狐を捜査に使えって言ったけど、管狐をどうやって使うんだ?」

 というより、こいつ、何ができるんだ? 誰かを病気にさせれるんだっけ?

 ……使えねぇ。


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