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件の九段  作者: 明石 凪
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心霊写真/心写霊真 壱

心霊写真/心写霊真



「あのう……、」

 背後からの声に、僕は振り返った。そこに立っていたのは、黒髪ツインテールの小柄で可愛い女の子。廊下の真ん中にいて、申し訳なさそうな目で僕を見ている彼女は、僕の知らない子だった。

「何? 僕、なにかしたかな?」

 首を傾げて、少女に答える。

「え、あ、いえ。そういうわけじゃないんです。その、あの……」

 どうしたんだろ?

「言いたいことがあるならさっさと言ってほしいな。早く家に帰りたいんだけど?」

 既に放課後。今日は花鉈に借りた『首切り女子高生とハムスターのモヘ』をプレイする予定だから、楽しみにしているのに。

「えっと、ですね、」お、意を決したらしい。覚悟を決めた人の表情をしている「その、わ、私と、屋上に行ってくれませんか!」

 ……。

 僕は数秒悩んだ。

「やだ。」

 この女の子と屋上に行くことよりも、『首切り女子高生とハムスターのモヘ』をプレイする方が先だ。僕の脳はそういう結論を出した。

 女の子は鯉が本当に滝を登ったのを見た人みたいに驚いて、そしてあたふたし始めた。

「え、ええ!? どうしてですか!? 私みたいな可愛い女の子が屋上みたいな人気の無いところに行こうって誘ってるんですよ? 健全な男の子なムフフな展開を期待してOKするものでしょうが!」

 そして何故か怒られた。

 しかもこの女、自分で自分を可愛いって言いやがった。

 たしかに可愛いけどさ。

「んー、でも別にムフフな展開がある訳じゃないでしょ。良いとこで告白、普通でカツアゲ、悪くてサンドバック。おーコワ。」

「私はそんなに酷いことをしたりしません! どちらかというとされる方が好みです! じゃなくて!」

 じゃあなんだよ。

 ドM発言はスルーしてあげる僕だった。

「細かいことは考えずに私と屋上に来なさい!」

「はぁ……。まあ、別にいいけど」

 僕は仕方なくそう言った。もう正直に言うとめんどくさかった。

 僕たちは廊下を歩いた。もう時間も遅いので、人はいない。

 そういえば、この子はなんでこんな時間までこんなところにいたんだろう。僕に用事があるなら、放課後になってすぐに教室を訪ねて来ればよかったのに。

「そういえば、なんで屋上に行くの?」

 僕は隣を歩く少女に尋ねた。

「んー、それは、行けば分かります。」

「ふうん。まあ、良いけど。屋上で男子と二人きりになって大丈夫なわけ? 彼氏とか、いないの?」

「セクハラで訴えますよ?」

 なんでじゃい。

「まあ、でも。彼氏はいないのでその心配はないです。」

「そうなんだ?」

 意外だった。容姿を考えれば、モテそうなのに。

「彼氏が出来ても、なぜか、すぐに行方知れずになっちゃうんですよ。」

 ……いや、普通ならないって。どんな彼氏だよ。ヤクザか? ヤクザなのか?

「だから、彼氏は作らないことにしたんです。というより、誰も私に寄り付かなくなったんですけど。呪いの女、とか言われちゃって……」

 少女はそう言って苦笑した。悲しそうに見えた。

 屋上に向かう階段を登り切り、鉄製の重たい扉を開けた。女の子を通して、僕も屋上にでる。

 夕焼けが眩しかった。

 屋上には何者かのシルエットがあった。背が高く、スレンダーな美人を連想させる。ウエイトレスのように、腰に手を当てて、反対の手を掌が上を向くようにしている。

「……なにしてるんだ? 魅斗。」

「えっと、呼んで来ましたよ、魅斗さん。」

 隣の女の子がそんなことを口走った。

 こいつ、魅斗のパシリだったのか……。

「ありがとう、沙織さん。私の下僕を呼んで来てくれて助かったわ。それじゃあ、もう大丈夫よ。行っても良いわ。なに、あなたの悩み事は私のそこの下僕が解決するから、心配いらないわ。まかせなさい。それじゃあ、またなにかあったらメールして頂戴ね。私たちからあなたに連絡することはあまりないとは思うけれど、もし必要だったら何らかの方法で連絡をとるから、大丈夫よ。なにか質問はあるかしら?」

 シルエットは夕日に向かったままそう言った。

 こいつ、絶対、自分のことを、かっこいいとか思ってる。

 ……ナルシストは嫌いだ。

「いえ、特に無いです。えっと、それじゃあ、いろいろ聞いてくださってありがとうございました。失礼しますね。」

 そう言って、彼女はペコリと頭を下げた。

「あ、依慈亞くん。またお話しましょうね」

 去り際にそんな言葉を残して、屋上から出て行った。

「なんだ? 依喪、もうあの子を落としたのか?」

「人をジゴロみたいに言うなよ。別に、何もしてないさ」

 僕はそう言いながら、シルエットに近づく。

「大体、僕を呼ぶならメールでもすれば良いだろ。」

 そこで僕はハッとする。

 なんと、そいつはハリボテだった。

「……。」

 愕然としてしまった。

「ハッハッハ! 驚いたかい、依喪!」

 屋上のドアが開いて、魅斗が現れた。

 黒くて長い髪を、ポニーテールに纏めている。まさしく尻尾のように見えるその髪は、彼女の腰に届いていて、獣の様な眼光と相まって、彼女の存在を誇示している。

 僕の後ろにいたらしい。

 隣にあるハリボテを見ると、スピーカーが付いていた。ここから声を出していたのか。手の込んだことをしやがる。

「……それで? 何の用?」

「ああ、うん。用事ってのは簡単でな。うん、そうだな、何から話そうか……。」

「ハリボテ作る暇はあったんだよね? だったら、説明の手順くらい考えておいてほしいもんだね」

「お前相手に説明の手順を考える時間なんて無駄だと思ったからさ。どうせお前は私が何かを考えている間中、注ケンは遅行よろしく待ち続けるに決まっているからな。」

 ケンって誰だよ。というか、それを言うなら忠犬ハチ公だ。

 アッシュとダブルヴェを間違えるな。

「まあ、別に良いけどね。」

 僕は屋上の手すりに寄りかかった。魅斗は腕を組んで、悩んでいる。

「ああ、そうだ。うん、依喪、あの女の子の名前は帚木沙織というのだけれど、彼女のことをどう思った?」

 どう思ったって言われても。

「そうだね……、儚い印象の女の子だと思ったかな。なんだか、孤独、それ以上に、人と違う場所にいるように思える。」

「それだけ?」

「それだけだよ。まだ会ってすぐだしね。」

 僕がそう言うと、魅斗は首を傾げた。

「彼女と同じクラスじゃないのかい?」

「ああ、」そうか、クラスメイトだったのか。だから、初対面ほどには警戒してなかったんだ。「うん、そうらしいね。言われるまでわからなかった。僕はクラスメイトの顔や名前は記録してないから、よくわからないんだよ。」

「どうして記録しておかないんだい? 困らないのかい?」

「別に困らない。もともと、一緒にいて得をする連中じゃないしね」

 ふうん、と、魅斗は頷いた。

「それじゃあ、それはそれで良いとしよう。ところで、あの女の子が私の所に来た理由は推測できるかな?」

 魅斗を訪ねる理由。

 それは、つまり、なにか『おかしな話』に遭ってしまったということ。

「なにか、変な体験でもしたのか? あの、沙織ちゃんだっけ。」

 僕がそういうと、魅斗はニヤリと笑った。

「そうらしい。どうやらね、彼女を写真に撮ると、心霊写真になってしまうことがあると言うんだ。これについてはどう思う?」

「んー。心霊写真って、つまりそれは、ただの変な写真だろ? いつも同じカメラを使ってるなら、レンズに汚れが付いてるかなんかだと思うけど。それか、パソコンで写真を加工してるとか。どのみち、信憑性は薄いな。沙織ちゃん、なんかに呪われてるみたいな空気じゃなかったし。変な話は聞いたけどね。」

 恋人が行方不明になる、だっけか。

 まあ、恋人って言っても、二、三人程度だろうし、その程度だったら、偶然で済ませられるだろう。別に、怪異じゃない。

「そう、心霊写真じゃない。私も最初はそう思ったさ。けれど、これを見てくれ。」

 魅斗はそう言って、四角いものをこっちに投げて寄越した。僕はそれを受け取る。

 それは、輪ゴムで束ねられた数枚の写真と、手帳だった。

 僕は輪ゴムを外し、写真を順番に見ていく。

 一枚目は、沙織ちゃんと僕の知らない女の子が一緒に写っている写真。たしかに、沙織ちゃんの腕が見えないし、腕だらけの幽霊が背後に写っている。ピクニックか何かだろうか、お洒落をしているというよりは、動きやすい服装といった感じだ。場所も、どこかの公園のようだし、幽霊の手じゃあない手も見えるし、周りに人がいるんだろう。

 二枚目は、男性と二人で映っている。おそらく彼氏だろう。今はいないって言ってたから、元彼氏、か。水族館みたいな場所だ。記念撮影ができるパネルの前に立って映っている。回りには通行人が見える。沙織ちゃんの足元に、苦しそうな顔をしている幽霊が四、五匹、映っている。水が多い場所だから、多く写ったんだろう。

 三枚目は、これは……、一年生の時に学校行事で行ったキャンプの時の写真だ。沙織ちゃんと、他にも何人かの女の子が移っている。そして、その部屋の壁に掛けてある絵の中に幽霊が写り込んでいた。恨めしそうに彼女たちを見ている。そういえば、心霊写真があるって噂になってたっけ?

「……えっと、本物ですね。」

 その判断は感覚だ。それから、経験。僕はこれでも人間じゃないので、それくらいはちゃんとわかる。

「そうなんだよ。だから、困ってる。」

 やれやれ、といった風に魅斗はため息をついた。

「まったく、しかもだ、見てくれればわかると思うけれど、どれも別の幽霊なんだよ。つまりおそらく、彼女は、幽霊吸着体質ということだ。」

「……。それって、本物がいたんだね。彼女自身に霊感はあるの?」

「いや、無い。皆無だ。こんな写真が撮れることに心当たりはあるかと聞いてみたのだけれど、無いらしい。見えたり、聞こえたりもしないそうだ。つまり、完全に、幽霊を呼ぶ『だけ』の体質なんだ。」

 幽霊吸着体質。幽霊が現れたくなるような性質でも持っているんだろうか? 原因がよくわからない。

 僕はもう一度、三枚の写真を見比べてみた。どの幽霊も、苦しそうな表情をしている。いや、一枚目の手だらけの奴は表情がわかんないんだけどさ。

「……でも、こういう風に写真を撮ってるってことは、毎回幽霊が写り込む訳じゃないよね?」

「うん? どういう意味だ?」

 魅斗は首を傾げた。

「んー、毎回幽霊が写るなら、単純に写真が嫌いになるんじゃないかと思って。でも、これを見れば、普通に写真を撮ってる。特に『撮影を怯えている様子』が感じられない。つまり、必ず幽霊が写り込むって訳じゃないってことになる。実際、学校行事の写真で彼女が普通に写ってるのを見たことがあるしね。」

 まあ、そもそも幽霊なんてそんなにたくさんいるもんじゃないんだけど。それを差し引いても、必ず写るとは限らないってことは、別に憑かれている訳でもないんだろうし。

 憑かれていたら、必ず毎回、同じ幽霊が写り込む。けれど、そうじゃないということは、強すぎる吸着体質ではないということじゃないんだろうか。

 それに、彼女自身からは幽霊に好かれるような気配は感じなかった。

「ふむ、なるほどな。確かにその通りだ。」

 気付いてなかったのか。僕は思わず脱力した。

「ゴーストバスターならそれくらい思いつけよ……。魅斗、一応本物なんだよね?」

「アハハ! 細かいことを気にするな! 禿げるぞ!」

 それはいやだな。

「まあ、どちらにせよ依喪に相談したのは早くも正解だったという訳だな。まあ、とりあえず、だ。今回の彼女の頼みごとは、この心霊写真をどうにかしてほしいっていうものだ。」

 うわー。メンドクサ。

「もう写らないようにってこと? んー、そもそもそれって体質なんでしょ? どうにかしろもくそもないんじゃないの?」

「そうかもしれない。でも、調べてみる価値はあるさ。もしかしたら、彼女に何かが憑いていて、その霊の仕業かもしれんしな。」

 ……いやな言葉を聞いたな。

「その、一応確認しておくんですけど。依頼を受けたのは魅斗だよね?」

「いや、違う。私とその奴隷だ。」

 奴隷って誰だ。

「僕を巻き込まないでくれ。」

「その件については、すでに時遅し、と答えるしかないよ。まことに残念ながらね。」

 この野郎。

 本気で殴ってやろうか。

「ってことは、どうせ今回も俺が動くんだよな……。まったく、江本さんになった気分だよ……。」

「江本? 誰だそれは?」

「ん? ああ、大学生の知り合いだよ。変な力を持ってる人。なんか、怖いものが見えるんだってさ。高校の時、トラブルシューターをやってたらしいよ。」

「怖いものが見える、か。なかなか面白い力だな。まあ、私にも似たようなものがあるのだけれどね。」

 無い胸を張ってそう言う魅斗。なんだか説得力が無いのだけれど。

「まあ、その能力とやらは置いといて。結局、どうすればいいの? 調べるったって、方法が無い。」

「うん、そこでだ。こいつを貸してやろう。」

 そう言って、魅斗は鉛筆くらいの細長い筒が七個束になった物を、ポケットから取り出した。

 なんだそれ。

「ほら、生モノだから気をつけて扱え。」

 そう言って筒の束をこちらに投げて寄越す魅斗。知るかよそんなもん。

 受け取って、見てみる。七個の筒は六角形になるように配置されていて、真ん中の筒の両端には、丸くて透明な石がはめ込まれている。中を覗いてみたら、変な文様が見えた。

 ……。文様が光ってやがった。僕はとっさに眼を離す。

「これ、なんて名前のアヤシイアイテム?」

「名前はまだない。私の自作だからな。」

 めちゃくちゃあぶねえ。

「周りの六つの筒に蓋がしてあるだろう?」

 言われて、僕は手元のアヤシイアイテムに目を落とした。若干引き気味に。

「その筒は開くようになっていて、中には管狐が入っている。」

 妖怪じゃねえか。

 いや、管狐は妖怪じゃないっけ? 使い魔?

 ……問題はそこじゃなかった。

「小さいものだけれどな。この間の火事で依喪に妖怪を扱う能力があるらしいことがわかったから、その子たちとも相性が良いだろう。」

 相性なんて良くなくて良い。あれ、良くなくて良いって否定なのか肯定なのか判んないね。新発見だわーい。

 いかん、脳内テンションがおかしい。こういうのってテンパってるって言うんだよね。

「じゃあ、この真ん中のアヤシイ文様は何だ? なんか光ってるんだが。」

「ああ、それは管狐を生み出すための呪だ。」

「そんなもんあるのかよ!」

「うん。言霊ってそういうものだし。もともと、管狐は自然発生するから、それを促す作用があるだけなんだが。そんで、生み出された管狐はその管に空きがあればそこに入るのさ。周囲にいる管狐を捕まえることもできる。んで、ほら、周りの石を見てみな。」

 石? あ、確かに。

 回りにある細長い管に、中心から向かって外側になるように向けて石が埋め込まれている。ひとつだけ白く、薄く光っていて、あとは暗い。

「なんだこれ? 窓かなんかか?」

「それは、中に入ってる管狐の感情や霊力を表してる。霊力は自然と回復するが、感情が自然と回復するかどうかはわからんな。感情だし。捕まえた管狐だと、怒ってるかもしれないし、天狗の使いだと、天狗がやってくるかもしない。まあ、気をつけることだ。」

 んー、天狗には勝てないかな。

「まあ、がんばってみるよ。」

 僕はそう言ってため息をついた。

 魅斗はさっさと屋上を出ていく。

 振り返ると、夕焼けはどこかに去っていた。

 夕焼け。この夕焼けは、毎日訪れるのに、この夕焼けを見る僕は、どうしてこの瞬間にしかいないんだろうか。

 毎日が、平穏で平和な毎日が、延々と繰り返されることは、そんなに退屈だろうか?

 僕は、写真を見た。

 写真を撮る人の気持ちが、少しくらいわかる気がする。そして、きっと、沙織ちゃんにもわかるんだろう。沙織ちゃんには、わかっているんだろう。

 だから、写真を撮るんだ。

 何かを残したい人がいて、その想いを台無しにしたくはないから。

 そうだとしたら、それはちょっと、僕に似ている。

 怖くても写真を撮りたい。たまに撮れてしまう心霊写真を無くしたい。安心して写真に写りたい。

 そういうことなんだろう。


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