プロローグ
冷たい床、その不快な感触によって目を覚ました。
体を起こし、周囲を確かめてみると見たことのない風景に混乱が増す。
均一に扉と窓が配置された長い廊下はどこか、学校の廊下を想起させる。
その景色の中には他にも、異常だと感じられるようなものが転がっていた。
それは金色の髪を長く伸ばした小柄な人間、スカートを履いていることから少女だと思われる。
そんな少女がうつ伏せにこちらに足を向ける形で倒れていたのだ。
おそらく先ほどまでの自分と同じ状況なのだろうと思われる。
少し悩んでから少女の横に立つ。
「おい、大丈夫か?」
肩を揺すりながら声をかける。
すると程なくして反応が帰って来た。
「うぅ……体が痛い。というか何でベットじゃないんだ? というかここは何処だ?」
「さあな、それを今から確かめようとしてる」
俺の声を聞いてようやくこっちに顔を向けた少女はどうやらまだ寝惚けているようで目がトロンとしていた。
ふと、銀色の目を見て少し呆けてしまう。
「そうか、すまないが手を貸してもらっていいか? 体がどうも痛くてな」
「あ、ああ」
そんなアホ面を晒していたであろう俺に、表情を変えずに少女が口を開く。
その要求を理解した俺はあわてて手を差し出す。
その手を掴んだ少女は痛みをこらえるかのように眉をしかめながら立ち上がった。
少女は学校の制服のようなものに身を包んでおり、先ほど目を見たときも思ったが顔つきも人形を思い浮かべるように美しい。
そんな少女はまだ寝惚けているのか、虚空を眺めながら呆けていた。
ふと、自身の格好を改めてみると、少女の格好と似たデザインの制服を着ていることに気づく。
自身の通っている学校の制服とはまるで違う、気品を感じさせながらも動きやすい格好だった。
視線を感じて目を向けてみると、少女がこちらを眠たげに見つめていた。
「どうしたんだ?」
「いや、随分と日本語が上手いなと。日本で育ったのかい?」
何を言っているんだと思う、同時にそれがこっちの台詞だとも。
生まれた時から日本語の扱いを褒められた事はあっても、育った国について聞かれた事などない。
正直言って馬鹿にされたようで不快だった。
「金髪にだけは言われたくなかったな」
そう返すと、少女は不思議そうな顔をして首をかしげる。
すると自然に、長く伸びた髪が自身の顔に掛かってしまう。
そのことに気がついた少女はようやく眠気から覚醒したようで、目をはっきりと見開いて驚いた様子だった。
「な、なんでボクの髪がこんなに長く……、というかこの色はいったい何事だい? ボクは髪を染めた覚えなんてないぞ!?」
さっきまでの無気力な雰囲気を微塵も感じさせぬように少女は慌てていた。
「というかこの格好はなんなんだい? 変態か? ボクは変態なのか?」
今度は自身の服装に対してうろたえている様子だった。
その言動に疑問を抱いたので声をかけてみることにする
「そんなに変な格好か? 似合ってると思うぞ」
「似合ってるって君、馬鹿にするのも大概に……」
こちらの声に怒ったように顔を向けた少女はしかし、こちらを見るとまたも呆然とした顔をする。
「今度はどうした?」
「君、随分と身長が高くないか? 今まで気づかなかったが」
「171cm、平均ぐらいだな」
「…………所で君には、ボクがどう見える?」
何やら悲壮感を漂わせながら聞いてきた。
正直言って大分係わり合いになりたくなくなってきたが、余りにも哀れさを感じるので正直に答えることにする。
「長い金髪で顔はかなり整っている、体型は小柄で身長は150くらいか? 目の色は銀で、年は分からないけど平均ぐらいだろ。他には」
「いや、もういい」
少女はそういうと、両手を股間の辺りに運んで押し付けるようにした。
すぐに少女はおかしくなったかのように乾いた笑いをし始めた。
「えっと、大丈夫か?」
「ははは、大丈夫じゃないさ」
もう駄目かもしれない。
そろそろ会話を切り上げて、一人でここを調べたほうがいいかもしれないと考え始める。
「君も他人事じゃないかもしれないぞ」
「なんだって」
ハイライトが消えた目でこっちを見ながら不吉なことを言う。
「ちなみにボクからは銀髪で金眼で、君も顔が整っているように見えるよ」
「は?」
何を馬鹿なと思いながら自身の前髪を摘んで、上目遣いで確認してみると確かに。
「本当だ……、黒くない」
確かに異常だ、これでも生まれてこの方髪を染めた覚えなどない。
それが突然知らない場所で目が覚めたと思っていたら、髪の色が変わっており。
今は確かめようがないが目の色、顔付きまで変わっている可能性があるのだ。
しかし、同時に疑問が増える。
確かにこれらは驚きに値するが、少女がそこまで取り乱す理由になるだろうか?
「なあ、あんたは一体何が変わったんだ?」
「…………べつ……」
「なんていった?」
目を伏せながら何か言ったが聞こえなかった。
聞き返すと今度こそはっきりと喋った。
「性別だといったんだ……」
「……はい?」
その言葉の意味を理解するまで、多分かなりの時間が掛かったと思う。