第19話 壊弓のアーロン
アーロンは一秒でも早く、カイルの元へ行くために的確に最短ルートを走り続ける。
敵の動きを予想し、地形と照らし合わせつつ、さらに馬を最高速度で走らせ続ける。そんな真似をできるものは五大国にも数人ほどしかいないだろう。
「待ちな!」
アーロンの前に1人の女性、エルザが立ち塞がる。
「僕、ちょっと待ち合わせがあるんだけど退いてくれないかなー」
アーロンはいつものようにニコニコしながら緊張感のない声で提案する。
「退く訳ねぇだろ。それにお前、ザコ姉と一緒に戦ってた奴だろ」
そう言ってエルザは嘲笑する。
「ザコ姉なんかに頼ってたなんて、お前らの国は本当に弱ェなァ」
弱い相手ならそのまま通過しても良かったが、この相手がむざむざ見逃してくれるとは思えない。
アーロンは剣を引き抜き、構える。
エルザは剣を引き抜きながら、先手必勝とばかりにアーロンに接近すると持ち前の回転速度で攻撃し続ける。
アーロンは一度離れようとするが、相当離れた位置で弓を放った者の姿を捉えた瞬間に首をひねる。
すると先ほどまで頭があった場所にかなりの速さの矢が通過する。
「私だけで壊弓のアーロンさんと戦ってみたい気持ちもあったのですが、今はお父様の命令なので本気でいかせてもらいますね」
「俺たち姉妹にかかれば壊弓の野郎なんて楽勝なんだよ」
この五大国でこと命中率に関しては、エイミーはトップクラスの実力を持っている。
これが初陣であり、階級もまだ一般兵と同じだと言って、一体誰が信じるだろうか。それほどの卓越した実力をエイミーは持っていた。
その弓使いと高速の剣使いが2人がかりでアーロンに牙を剥く。
その攻撃は、カイルと戦っていた時のような遊びは一切なく、さらにエルザの隙をエイミーがカバーすることによっていつも以上の動きでアーロンを追い詰めていく。
ここからは一方的だった。アーロンはエルザから距離を取ろうとするが、的確なタイミングでのエイミーからの矢で上手くタイミングを潰されてしまう。それでもなんとか少し距離を離してもエルザはすぐにアーロンに接近する。エルザが剣を振るうたびにアーロンのどこかに傷が付く。そしてエイミーは的確に人間の急所である頭を執拗に狙ってくる。2人の攻撃に対して、アーロンはただ防戦一方で、2人の攻撃を色々なパターンの防御をして防ぐが2人の猛攻には対応しきれず、何度も斬りつけられる。
「三騎士なんて謳われてた割には全然大したことねぇなァ。伊達にカス姉が入れただけのことはあるわ」
アーロンはなんの表情も浮かべることもなく、ただ黙って攻撃を防ぎ続ける。
何を言われても何も言い返さないアーロンにエルザはアーロンがもう諦めていると思い、さらに侮辱し続ける。
「今から土下座して謝るんだったら命だけは助けてやってもーーー」
「僕はね」
エルザの発言を遮るように、今まで黙っていたアーロンが口を開く。
「三騎士の中で一番弱いんだよね」
アーロンは傷だらけになりつつも思い出に浸るように
優しく、悲しい笑みを浮かべる。
「だから命乞いしようってのか」
エルザは嗤う。やはりあの姉の仲間などその程度の実力だったのだと。
「でも、その僕でさえ」
エルザの攻撃に対してアーロンはあろうことか剣を持っていない方の手を出す。
「血迷ったか」
「君たちよりは強いよ」
なんとアーロンはエルザの剣をあろうことか片手で白刃どりをする。
「君の剣は軽量化のために剣幅が他の剣よりない、それにスピードもそこまで早いわけじゃあない、なら掴むことぐらいできるよ。それに」
いくら剣幅が狭いといっても普通の剣より少しだけ狭い程度、さらに剣速も並み兵士よりは明らかに速い速度である。
それなのにその剣を片手だけで掴み取る。
それにはミスを恐れない精神力、的確に剣速を把握する判断力、そして剣の動きを完全に捉える眼の良さ、全てにおいて高水準な能力であった。
剣を掴まれ、隙を作ってしまったエルザに向かってアーロンは全力の一撃を叩き込む。
「あまりに力がなさすぎる」
エルザは片手の剣で攻撃を抑えるが、アーロンの力に落馬しそうになりつつも、なんとか持ちこたえる。
だがその反動で大きな後退を余儀なくする。
「それに弓の子もコントロールはいいけど、少し遊びがなさすぎかな」
何度も避けるうちにエイミーの攻撃パターンを把握していたアーロンは軽々矢を避けながら、馬に付けてある何個かの弓のうちの1つを取り同時に5つの矢を番える。
その瞬間に今までの比ではない圧倒的な雰囲気が現れる。その雰囲気はまるで森のように、静かであるが圧倒的な存在感を醸し出していた。そしてその雰囲気はジェームズに近いものを持っていた。その時に2人は思い出す。
壊弓のアーロン。
彼がそう呼ばれた理由は相手の弓を破壊するからではない。彼の本気の一撃では、たとえどんな弓でも砕け散ってしまうからである。だが、その弓から放たれる矢は、まるで熟練者の扱う剣や槍の突きのような威力となると。
5つの矢を同時に放つなど普通なら絶対にありえない動きであり、たとえ出来たとしてもそんな矢がしっかり飛んでいくわけがない。それでもエルザとエイミーは確信する。自信を持って矢を番えるアーロンならそのような不可能に近い芸当ですら可能であると。
エルザが剣を構えて向かってくる。エイミーが新たな弓を放つ。それに対して、一切動じることもなく、アーロンは5つの矢を放つ。
エルザの元に三本、一本はエイミーの放った矢に、そしてもう一本はエイミー自身に向かっていった。
エルザは剣で防ごうとするが、矢とは思えない威力に剣でも急所を外させることが精一杯で、弾ききることができず、全ての矢が突き刺さり、矢の刺さった反動で落馬してしまう。
そして、エイミーの放った矢に向かっていった矢は、そのままエイミーの矢に当たり、その矢を弾き飛ばし、その後もほとんど軌道を変えずにエイミーの馬に突き刺さる。さらにエイミーに向かっていった矢はエイミーの利き腕に突き刺さる。
5つの矢を放つことすら人間とは思えない芸当であるのにもかかわらず、全ての矢がとてつもない精度、威力で放たれるこの事実はまるでお伽話のような技であった。
「僕は自分の二つ名が好きじゃなくてね。だってカッコ悪いだろ、相手の弓を破壊するからじゃなくて、自分の弓の方が保たないなんてさ」
アーロンの弓は限界を迎えて砕け散っていた。
「まぁ君たちに構ってる暇はないんだけど、一つだけ言わせてもらうね」
そう言って、アーロンは笑顔を消し、地に伏せているエルザを睨む。
「君たちみたいな人間が、エストの事を語るなよ。実力も無いのに鳴き声だけは大きい奴は見てて反吐がでる」
いつも見せない姿を見せつつ、アーロンは急いで馬を走らせる。
自分の大切な存在、親友との約束、その2つを守るために。
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スティーブは撤退の指揮を執っていたが、アーロンの動きを見た瞬間にエルザ達の援護に向かうことを決める。
このまま行けばこちらの敗北で終わってしまうが、敵の大将であるアーロンを倒すことが出来ればこの戦が敗戦で終わってもお釣りがくる。
エルザとエイミーだけなら勝てるかわからないが、自分も含めて3人で戦えばアーロンの首を上げることができる。
そう思って向かおうとするが、決して無視できない雰囲気を持つ者がこちらへ向かってくる。
「相手軍にこの雰囲気を出せる者はアーロンを除けばあと1人しかいない。もう前線を退いたと思っていたんだけどな」
白虎のオスカー。
アーロンが第一軍大将になるまでの間、第一軍大将を務めていた男。年齢的にはとっくにピークを超え、あとは衰えて来ているのがわかるが、それでも今のスティーブとは互角レベルの戦いとなることがわかる。
(この場で互角の戦いをする余裕はない。なら今は俺が死なないことを最優先にしないとな)
スティーブは味方を犠牲にしても撤退することを決意する。
「アーロン君、私が言えたことではないが、今度こそは取りこぼさないようにね」
それを見てオスカーも無理をしない程度に軽く戦い、すぐに戦線を離脱する。
敵指揮官がいなくなった戦場では、逃走を諦め死に物狂いで戦うフォウスト軍と、それに対抗するために戦うヒロユス軍によって多くの犠牲者を出しつつもヒロユス軍の勝利で幕を閉じた。