第18話 神砕
ジェームズについての話はアーロンから何度も聞かされていた。
曰く、神砕のジェームズ。
神をも砕くと言われる怪力の持ち主で、人類最強と呼ばれているプロガード国の守護神よりも力だけなら互角、あるいはそれ以上であると言われている。そしてこの話をするたびに会っても戦わずに、絶対に逃げろと何度も何度も言われていた。
(こんな状況なら戦っちまってもしょうがないよな)
そんな言い訳のようなことを考えながらカイルは槍を構える。
実力は圧倒的に相手の方が上だが、自分は力が強いタイプの相手との戦闘を想定した槍術なので、戦闘スタイルの相性は抜群に良く、ある程度なんとかなるだろうと考える。
「じゃあまずは挨拶がわりじゃ」
そう言ってジェームズは片手だけで人1人分程ある大きさの斧を横薙ぎする。常人には持つことすら叶わないと思われる武器をあまつさえ片手で扱う姿は、もはや人間ではないと言っても過言ではないだろう。
カイルは万全の状態で受け流そうとするが斧が当たった瞬間に今までに味わったことがないほどの圧を感じる。その時に理解する。自分の予想していた力を明らかに超えている力であることを。
「オラァ」
それでもなんとか受け流すが、槍からギィと嫌な音がする。
そこから、ジェームズの連続攻撃が始まる。
反撃が難しいギリギリのスピードで何度も何度も斬りつけてくるので、反撃の隙はない。また攻撃速度がそこまで早くないので、防御に関しては万全の状態で臨めるが、片手で扱っているとは思えないほど一撃一撃が重く、受けるたびに腕と槍にとてつもないダメージを受ける。
「これでは本物にはまだまだ程遠いのぉ」
ジェームズの言葉を聞いている程の余裕もなく、斬撃を受け流すが、腕へのダメージがどんどん蓄積されていき、とうとう受け流しきれず、胸に浅くはない傷が付く。
「グガァァ」
カイルは痛みで意識が飛びそうになるのを気力で押さえ込み、体勢を立て直すためにも、大きく後退する。
ジェームズはカイルを追うことはせず、肩に斧を担ぎ、佇んでいた。
カイルはどうすれば勝てるか、何かこの状態を覆せる方法はないかと考える。
一撃一撃はとてつもなく重いが、一撃一撃の間隔は決して短くない。
ならそこを狙うしかない。だが今までの修行で培ってきた槍術ではその隙を突くことはできない。カイルの使っている槍術はカウンター狙いであり、敵の隙をつくような攻撃は、よほどの実力差がない限りやることはなかった。
(でもこのままじゃ勝てねぇ、ならやるしかねぇだろ)
カイルは武器を構え、ジェームズを睨む。
(自分の土俵でここまで徹底的にやられれば心が折れるのが必須。それなのにまだ心が折れんか、負けん気だけは師匠譲りというわけか)
カイルの勝機を諦めていない雰囲気を感じ取りジェームズは微笑む。
「ガッハッハッハ、良い雰囲気じゃのう、さぁどこからでもかかってくるのじゃ」
「行くぞ」
カイルはいつものスタイルである、攻撃を受けてから戦うスタイルを捨て、攻撃回数重視の攻めに転じる。カイルはエルザとの戦いを思い出す。剣と槍の違いはあれど、参考にできる点はいくつもある。また、カイルはエルザのような女性的な柔軟性はない。だがその柔軟性の代わりにエルザを遥かに上回る力がある。カイルはパワーで柔軟性のなさをカバーする。たとえエルザと同様の回転速度ではなくても、相手がスピードに関してはそこまで早くないジェームズであれば戦える。
ジェームズはカイルの攻撃を全て防いでいるが、攻めに転ずるほどの余裕はないようだった。それでもジェームズは笑う。なぜならこのままではカイルに勝ちはないからだ。
傷を負っていて、どんどん攻撃のキレが鈍くなると思われるカイルと違い、ジェームズは無傷、さらに体力切れも期待できないとくれば、このままではカイルが負ける。それは両者ともに理解できるものである。
しかし次の策を出す前にカイルの槍の動きが明らかに鈍り始める。
(時間を稼いで何か次の策を考えていたという感じじゃが、予想より体力がなさすぎる。ここまでかのぉ)
実際、カイルの攻撃速度はどんどん落ちていき、ジェームズが攻撃できるタイミングができてしまう。
「終わりじゃァ」
ジェームズは勝ちを確信する。先ほどの攻撃速度から考えて、明らかにもう受け流すどころか守ることもできないと考える。
斧で薙ぎ払う。片手であるがその威力は常人のそれではなく、簡単に人を両断出来てしまうだろう。ジェームズは死に行く者の顔を見る。そして、そこで気づく。カイルは諦めたような顔でなく、笑っていることを。
「この時を待ってたぜ」
カイルはジェームズの攻撃を受け流す。カイルの全身全霊をかけた受け流しは今までとは違い、完全な受け流しに成功する。さらに薙ぎ払った大斧の後ろから槍を当てることで、ジェームズの攻撃の勢いを増すようにさせ、大きく空振りをさせる。ジェームズの顔には、予想外の技に対する驚きと、本物に近づきつつあると思われる技の完成度に対する喜びが顔に張り付いていた。
「謀りおったなァ」
カイルはこの一撃に全てを賭ける。
芝居を打って体力が完全になくなったように振る舞ったが、実際先ほどの受け流しで体力を使ってしまったために、もうほとんど体力は残っていない。この一撃で仕留められなければもう槍を振ることすらままならないだろう。
(この一撃で仕留められなきゃ負ける)
全身全霊を掛けて突きを放とうとし、驚愕する。
「惜しかったのう」
ジェームズは大斧を両手で握ると全力で振り抜く。
その攻撃は先ほどの片手での攻撃とは速度もパワーも明らかに段違いであり、カイルの突きよりも早くカイルの元へ到達した。
カイルはこの体勢から受け流すことはできず、槍で攻撃を受ける。
大斧が槍に当たった瞬間に理解する。
今までの戦いはジェームズにとってただの遊びであったことを。ジェームズは一度として本気を出していなかったことを。
鉄で出来ている槍がひしゃげる。今までの攻撃とは比ではないほどのパワーに槍が耐えきれなくなったのだ。カイルは攻撃をするために近づいていたことが幸いし、斧の柄の部分に当たったために真っ二つになることは防げたが、人間が行ったとは思えないほどの速度で吹き飛ばされる。鉄の守りすらも突破するパワーはまさに神の称号にふさわしいものであった。
「カハッ、オエェェェエ、ガッ」
「よう頑張ったがこれで終わりじゃ」
ジェームズがゆっくりと歩いてくる。
カイルは立ち上がる気力すらなく、ただジェームズが来るのを待っていた。
「エストと同じ槍術を持つ男よ。先に行くがよい。儂が来るまでにさらに強くなっておくのじゃぞ」
意識が朦朧とする。立ち上がるどころか指一本動かすことができない。
あと少しでジェームズは自分の元へ来る。もとより死ぬことには後悔はない。それどころか自分が全力を尽くし負ける。それ自体が自分の望みであった。しかも今の言葉を聞く限り、姉ちゃんの知り合いらしい。姉ちゃんの知り合いに殺されるならますます本望だ。
(姉ちゃん、俺もすぐ行くよ)
もう視界もぼやけてきた。もうこれでやっと終われる。そう思ってカイルは目を閉じようとする。
「カイル君!」
その時、とてつもない速さの馬とそれに跨る血塗れの男が視界に入ってきた。
それは、子供の頃から自分を守ってくれている兄のような存在。いつも優しく、本気で自分のことを心配して、大切にしてくれる人。
「アーロン兄…ちゃん」
自分の命よりも大切な存在を守るため、亡き親友との約束を守るために、ヒロユス国第一軍大将、壊弓のアーロン現る。