第16話 悪魔の誕生
ゲイルはただ震えていた。
逃げたいのに体が思うように動かない。ただただ口をパクパクさせながら立っていることしかできない。
死にたくない。
頭の中はその言葉ばかり浮かび、今死んでいった仲間達のことなど完全に頭から抜けていた。
「じゃあ最後はそこのお前だ」
セインが先ほど投げた短槍を拾い上げ、こちらに向かってくる。
逃げなければ、そう思ってはいるのに一切身体が動かない。
「仲間が殺されてるってのに戦おうとしないなんて、カスだな、お前」
何か罵倒されているがそんなことは頭に入らない。
ただただ恐怖で自分の体がまるで石のようだった。
「ま、覚悟も決まってねぇガキが来る場所じゃなかったってことだ」
そう言ってセインはゲイルの前に立つ。
「最後にさっき殺った奴の名前教えろ。お前はどうでも良いが2人には覚悟があったからな」
セインの質問にも何も答えずただ震えているゲイル。
その姿を冷めた目で見つめたセインは剣を振り上げる。
「答えねえならもう用はねぇ、死ね」
セインはゲイルに斬りかかる。
ゲイルは反射的にバックステップで後ろに下がるが、避けきれず袈裟懸けに浅くはない傷が出来る。
(今までの動きからして躱せないと思ったんだけどな)
「ま、いいか」
ゲイルは剣も抜かずにただ尻餅をついている。これを斬り殺すのは容易い。
「今度こそ死ね」
ゲイルはずっと考えていた。
このピンチから抜け出す方法を。
どうすれば生き残れる。
頭では走馬灯のように過去の記憶が次々と浮かび上がってくる。その記憶が浮かんでは消え、浮かんでは消え、その中で思い出すのはアーロンとの訓練だった。
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あの時のアーロンは1人ずつに本気の殺気を放ち、身体に戦場の恐怖を刻み込む予定であった。
エリック、ゴードン、ヴェルニカの3人は最初は萎縮していて、とても動きが鈍かったが、少しずつ調子を取り戻していった。
これなら大丈夫だ、そう思いながら最後の1人であるゲイルと戦った。
その戦いで、アーロンは2つの違和感を感じた。
1つ目は、彼の能力だ。
学校のデータを見る限り、カイルまでとは言わないが、決して、ゴードンやヴェルニカに身体能力で負けていることはない、逆に優っているとさえ思っていた。
実際単純な身体能力を測る試験ではカイルすら上回り、学校では堂々の第1位となっている。
それなのに彼の剣にはその身体能力を全く活かしきれておらず、ただただ剣術の良さだけで戦うものとなっていた。
2つ目は身体の萎縮が全くないことだ。
カイルも含めて今までは全員、殺気に当てられていつもの動きが出来なかったのに、ゲイルだけは現大将と戦うということに関する緊張の色は見えるが、圧によっての身体の動きの変化はない。
アーロンは戦い終わった後に、ゲイルになぜ恐れなかったのかを尋ねた。
するとゲイルはポカンとしてから笑って、
「だって殺す気が全くなかったじゃないですか」と言った。
その回答をアーロンは知っていた。
元同期の男、いずれはあの人類最強の男さえ倒せる器を持っていると言われていた男と全く同じことを言ったのだ。
それと同時にアーロンは考える。
もし彼に本気の殺気を出す相手が現れたら、その敵によってゲイルが命の危険を感じたら、この学生組の中で一番化ける人材であるかもしれないと。
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セインの攻撃を剣の柄で防ぎ、そのまま抜刀しながら斬りかかるゲイル。
心が折れていると思った相手の突然の反撃に大きく後退するが避けきれず腹を浅く斬られるセイン。
ゲイルは立ち上がりセインを見つめる。
自分がなるべき姿を。
そして自分の生き残る道を。
(僕が生き残る方法。そんなのは簡単なことだ。僕が敵よりも強くなればいいんだ)
ゲイルは思う。
今までの自分のように剣術で戦うということで殺戮者ではないという免罪符を打っている臆病者のままでは、勝つことができない。
だが、もしセインのように勝つために手段を選ばなければ。
どんなことをしても自分が死ぬ前に敵を殺すことができれば。
剣術なんてどうでもいい。
俺は強いからそんなものいらない。
俺はただ、全力で生き残ることを考えるケモノのように、情け容赦なく命を奪うことを考えるケダモノのように、殺しを楽しむバケモノのように、
(そこに立っている極悪非道な人間と同じになればいいんだ)
セインは非人道的な人間ではない。良くも悪くも武人であり、覚悟の決まっている相手には、敵であろうと敬意を尽くす。
ただ、今のゲイルにとっては自分を殺そうとする相手は、最低のクソ野郎にしか見えない。
ゲイルは嗤う。
その姿、雰囲気を見て、セインの背中に寒気が走る。
これは武人と対面した時の寒気とは違う。
過去に一度だけ会った、殺人者と同質のもの。
実力はまだ自分の方がある。なのにその笑みを見るだけで雰囲気に飲まれそうになる。
その笑みは、今までの穏やかな笑みとはまるで違う、悪魔のような笑みであった。