第15話 経験の差
アーロンはジェームズがカイルに遭遇したのを見た瞬間に出陣を決意した。
「エリック君、今から指揮権を君に移す。オスカー殿のフォローを受けつつゴードン君達3人の救出をある程度優先、包囲中の相手はある程度までなら逃しちゃっていいから、僕はカイル君の救出に行く」
アーロンはエリックの返事を聞く前に走って部屋を出て、すぐに馬を走らせる。
(ゴードン君、ヴェルニカちゃん、ゲイル君、悪いけど君たちの救出は多分間に合わない。セイン相手じゃ相性が悪すぎる、それに大将としても、僕個人にしても君たちよりカイル君の方が優先順位は高い、悪く思わないでね)
そう思いつつもアーロンは少し期待していた。
アーロンは最短距離でカイルの元へ向かう。その馬は最速ではない。
だが使い手の技量により、まるでとてつもない早馬に乗っているような速度が出る。馬を扱いながらアーロンは思い出す、訓練の時のあの言葉を。
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ゴードン、ヴェルニカ、ゲイルはカイルの献身を無駄にしないように全力で逃げていた。
普通に逃げれば追いつかれてしまうので少しでも時間を稼げるように、なるべく味方兵が多いところを中心に走るが、どんどん後ろから聞こえる馬の足音は大きくなっていく。
「クソッ!」
「やっと追いついた」
3人の横を馬が横切りつつ、馬に乗っている男が3人を追い越しながら、剣で斬りかかってくる。何とかゴードンが剣でガードするが、馬の力には勝つことができず大きく吹き飛ばされる。
「ゴードン!」
ゴードンと2人の間に短槍と剣を携えた騎乗の男、セインが立ち塞がる。
「今の一撃を抑えるとはやるじゃねぇか。まぁ悪りぃが追いかけっこはここでおしまいだ」
セインが馬から降り、武器である剣と短槍を構える。
「まぁさっきの爺さんよりは弱いみたいだし、なんとかなんだろ、お前らは逃げろ」
そう言ってゴードンは武器を構える。
「私も戦うわ。1人じゃ荷が重すぎるから」
「いやダメだ!早く逃げろ」
ゴードンが怒鳴るがヴェルニカはゴードンの言葉を無視して武器を構える。
「良い闘志じゃねぇか」
セインの一言だけで、緊張が高まる。
セインから濃厚な血の匂いと嵐のような雰囲気が巻き起こる。その姿は彼の異名である朱嵐という言葉を体現するものであった。
「朱嵐のセインと戦えるなんて光栄の極みだ」
ゴードンも余裕そうな発言はするが、アーロン以上のセインの雰囲気に押しつぶされそうになっていた。
「いくぞ」
セインは短槍をゴードン目掛けて投擲する。
セインの名は有名であり、トリッキーな動きが得意であることや持っている短槍を投擲することがよくあると聞いていたので、ゴードンはその短槍を落ち着いて弾く。
だがそれで終わりではなく、同じ軌道でもう片方の手で持っていた剣も投げつけていた。
全ての武器を投げるなどと言う自殺行為のような作戦は予想外であり、ゴードンはなんとか弾くが、それにより体勢を軽く崩してしまう。
「良い闘志だが、まだ青いな」
そんな隙を見逃さず、セインはゴードンとの距離を詰める。
「舐めるなァァァ」
ゴードンは無理な体勢から強引に剣を振る。
セインは胸を大きく斬られるが、致命傷には程遠く、それで更に隙の出来たゴードンの腕を掴み、そのまま地に組み伏せる。
ゴードンがなんとかしてセインの拘束を解こうとするが一向に抜け出せる手立てがない。
「まぁ、隙さえ突かれなければ良い線いってたと思うぜ、俺とお前の差はただの経験の差だ」
セインは安全に戦おうと思えば、胸に大きな傷を負うことなく倒すことができたかもしれない。ただし今のセインには時間がなく、時間をかければかけるほど生存の確率が低くなるために傷を負ってでも速攻での勝利を求めていた。
「ゴードンを離せェ」
セインの横から激昂したヴェルニカが槍で突いてくるが、セインがゴードンの腕を強引に動かし、ゴードンの剣で攻撃を抑える。セインは苦虫を噛み潰したような表情をする。女性が戦っているということが男であるセインには我慢ならないことなのだ。
「ちょいと感情的になり過ぎだ、惜しかったな、女」
だが、その嫌悪感で剣が鈍るほど、セインは弱い人間ではない。セインが空いている方の手を挙げると、先ほど弾かれた剣がちょうど落ちてくる。
それを掴み、
「じゃあな」
ヴェルニカに向かって振り下ろす。
「あっ」
感情的になっているヴェルニカにこの一太刀を防ぐ手立てはなく、恐怖に歪んだヴェルニカの頭が宙を飛ぶ。
「ヴェルニカァァァァ!」
「お前も俺にあったのが運の尽きだったな、じゃあな」
そう言ってセインがゴードンの首を斬ろうとするが、拘束が解かれたことを把握して少し離れる。
「お前ェェェェェ、ぶっ殺してやるッ!」
ゴードンは拘束されていない方の手でヴェルニカの槍を掴むと、拘束されていたほうの腕を切り離したのだ。
「その執念は高く評価してやるが」
ゴードンががむしゃらに槍を振り回すが、もとより槍を使った戦いをしてこなかったために技術不足であり、片腕しかないためにパワーも出ずに、ただただ単調な攻撃になってしまっていた。
「それまでだな」
単調な攻撃を読むことなどセインにとっては造作もなく、ゴードンの槍を弾き飛ばすと胸に剣と突き立てる。
「お前はよくやった、あの世では楽しくやんな」
剣を引き抜かれて倒れるゴードン。
ゴードンはヴェルニカに目を向けた後にゲイルのいる方に視線を向け、そのまま生き絶えた。
セインがゴードンが死んだことを確認すると、自分の胸の傷を見る。思った以上に出血が激しくなっていることを見て、ふっと笑う。
「予想以上に弱いと思っていたが、そうではなかったのかもな」
セインはポツリと呟くと少し離れた場所で震えるまま突っ立っている人間に目を向ける。
そんな状況の中で、ゲイルは全く動くことも出来ずにただ震えてこの惨劇を見ているだけだった。