第14話 圧勝の陰で
カイル達学生組は、敵の主力とは違う比較的安全な場所で戦っていた。
敵が撤退する時の包囲網の一部ではあるが、基本的にここから突破されることも予想されなく、取り乱し単騎で逃走しようとする敵兵などを相手にする程度の場所であった。
本来ならば本陣のすぐそばなどの敵が一切来ないことが予想される場所に配置することも視野に入れていたが、流石にそこまで使える兵士を遊ばせておくほどの余裕はなく、一応弱兵が来る程度の場所への配置となった。
アーロンはジェームズ達がカイルの槍術を見て興味を持っているのではないかということを考慮した上でジェームズとカイルが会わないようにするためにこの位置に配置していた。
アーロンや先輩兵士達が頑張っているのにこんな場所で弱兵ばかり相手している状況には少し不満ではあるが、先輩達の気持ちもわかるので、皆、文句を言わずに戦い続けていた。
最初に敵の異変に気がついたのはゲイルであった。
明らかに数人での特攻。この位置を数人で突破するのはあまりにも無理がある。なのでカイル達はまたしても恐怖に耐えきれずに取り乱した者達が現れたと思っていた。
だがこの中でゲイルだけがまだまだ到着には少し時間がかかるにもかかわらず、武器を構える。
「誰か、来る…」
ゲイルの行動に皆が意味不明と言いたげな表情をする。
「誰かってどう言うこ…」
「こんな所におったか、探したぞ若者達よ」
いつのまにか接近していた敵は、自分たちの前に控えていた兵士たちを斧の一振りで肉塊に変えた。カイル達の前に巨大な斧を持つとてつもなく大きな男、ジェームズが現れた。
ジェームズは負けが決まった瞬間にカイユーリを諦めて、次の世代を担うと思われる若者達を倒すことを決意していた。本来なら探している途中で時間が足りなくなり、撤退せねばならねばならなくなるはずであったが、ジェームズは一発でカイルのいる場所を見抜き、一直線にここまで来ていた。ジェームズがカイルのいる場所を特定した方法は簡単。ただの勘である。
ただでは帰らないと言う執念が、カイル達の居場所を特定させたのだろうか。天はジェームズの味方であった。
戦う前から格の違いがわかるほどの雰囲気を持つ男を見て、皆が驚く。
アーロンの本気に近い殺気を受けた時とは比べ物にならないほどの雰囲気に当てられ、皆が震え、自分では勝てないと、身体も心も叫んでいる。
撤退する相手がここに来ることはまずありえない。
安全な位置に学生組は配置されていたはずである。
それなのにこの場所に敵のトップが現れたことに混乱を隠しきれない。
「逃げろ!俺が殿を務める」
この中で唯一戦いになるかもしれないカイルが武器を構える。相手は騎兵でこちらは歩兵、人間の足で馬のスピードに勝てることはありえない。ならば逃げるためには少なくとも誰かが時間を稼がなければならない。さらにアーロンは今後を背負っていく若者達を死なせる気は無い。それを知っているカイルは、自らを足止めにすることで、仲間を逃すことに決める。カイルもエルザと戦ったことにより実戦に出る前よりも明らかに雰囲気が大きくなっているが、ジェームズと比べると雲泥の差であった。
「俺も戦うぞ」
ゴードンが覚悟を決めたような表情で言うが、明らかに手が震えていて、通常時さえカイルとの差があるがこの状態なら足手まといになるのは目に見えていた。
「悪いが、先輩達がいたら邪魔だ、だから早く逃げてくれ」
ゴードンも残ろうとするがカイルが本気で邪魔だと思っていることを感じ、全滅よりはマシと判断して、皆を連れて逃げることを決める。
「すまん、任せた」
ゴードンが2人を連れて、味方の兵士に紛れて撤退を始める。
悪いが味方兵には自分たちの逃げる時間を稼ぐ盾になってもらおうと考える。
「逃がしはせんぞ」
ジェームズは学生組を1人も生かす気は無い。
ジェームズは振り向く。
「頼むぞセイン、儂はこの勇気のある若者を相手しよう」
「おう」
セインは馬を巧みに使い、ゴードン達を追いかける。
「待て!」
カイルがセインの馬に攻撃をしようとする。馬さえ潰してしまえば、ゴードン達を追うどころか生きて撤退することすらままならなくなる。だがカイルの攻撃は、ジェームズによって防がれる。
「お前の相手は儂じゃ」
セインが弱兵達を強引に突破しながら走り去っていく。これではもう追うことはできないと考えてから、カイルはジェームズに向き直る。
「本当は二人ともと戦いたかったけど、まぁいいか。こんな強い奴が相手してくれるんだし」
そう言ってカイルは笑う。
その笑みは明らかに仲間を助けるために自分を犠牲にしようとしている者がするような顔ではないと誰もが断言できるだろう。
その笑みを見て、ジェームズはカイルに対する考えを変える。
「ほう、仲間を命がけで助けようとするものの顔ではないのぉ」
仲間を助けようとする好青年から、戦いを欲して仕方がない死にたがりへと。
「まぁ先輩達はいい人だから生きてたら生きてたでいいんだけど、そこまで興味はない」
今の俺はアンタと戦えることにしか興味がないと言わんばかりの表情を浮かべる。
「ならば儂もしっかり戦ってやるかのぉ」
そう言ってジェームズは馬から降りる。
「別に乗ったままでもいいぞ」
馬の利を捨てたことに情けをかけられたと思い、カイルは少しムスッとする。
「そんな勝負ではつまらん、それに馬に乗ろうが乗るまいが、小僧に負けるほどではないわい」
「負けても言い訳すんじゃねぇぞ」
「儂はそんなことせんわ、第一負けることなんてありえんからのぉ」
そう言ってジェームズは肩に巨大な斧を担ぐ。
「儂はフォウスト国総大将、神の異名を持つ男。神砕のジェームズ・ジャービスじゃァ」
その姿、雰囲気はアーロンやエルザとは比較にならないほどのものであった。