第13話 答え合わせ
「いくら士気を下げるような策を立てようが、決行日さえわかれば、手の打ちようはあるんですよ」
「一体なぜ、敵の作戦の決行日がわかったんですか」
アーロンは相手の総攻撃の日を予想していて、連隊長以上の階級の者たたちにだけ話をしていた。そして昨晩、この戦で死んでもらう予定の中央の第一線を守る兵士たちを除いた兵士たちに今日総攻撃が来ること、その時に使用すると思われる戦術、今日さえ乗り切ってしまえば今年はもう小競り合い程度しかないだろうということを。そして驚くべきことに、アーロンはもしこの予想が外れてしまったら責任を取って軍大将を辞任することを語った。
軍大将の座まで賭けたこの発言により、アーロンの発言にはよほどの自信があると理解した兵士たちは今日の戦いを高い士気を保ったまま戦うことができていた。
「じゃあ例えばだけど、エリック君ならどのタイミングで攻めるかな」
アーロンの問いにエリックは今まで考えていたことをすぐに言葉にする。
「後になれば後になるほどいいと思います。敵が痺れを切らすまで待って、もっと時が経った後に攻め始めます」
エリックの回答にアーロンは微笑む。
「それじゃあまだまだ甘いなー」
そう言ってアーロンは得意げに話し始めた。
「作戦決行でベストなのは後半じゃなく、中盤だよ」
アーロンの回答にエリックは不満げな顔をする。
「何故ですか、中盤では、まだ士気が高いものもいるでしょう。その者達の士気が下がるのが得策ではないのですか」
「まずはじめに、序盤では始まったばかりのために、士気が全体的に高いのはわかるよね。そして終盤では士気が上がってきてしまう」
「人間、終わりが見えてくると自然と士気が上がるものさ、たとえおかしいと思った策であったとしてもね」
「だが中盤なら、まだ来ないだろうという油断から、不平不満を言う余裕があり、士気が下がってしまう。まだ士気を高いままで保っていられるのも、実力のあるほんの一握りさ。それだけならば潰す手なんて腐る程あるさ。さらに言えばうちの軍に実力者は少ないからね。だから攻めるなら中盤なのさ」
アーロンの言葉に納得しつつも新たに出てきた疑問をぶつける。
「では、もう一つの疑問なんですが、どうやって、この戦場が中盤だと思ったりできたのですか」
「フォウスト王国の現状と敵の指揮官の性格からかな」
アーロンはさも当たり前のように答える。
「敵の指揮官の性格なんてどのように把握したんですか」
スパイでもいたんですかと尋ねるエリックにアーロンは腹を抱えて大笑いする。
その笑いに少しムスッとするエリックを見て、アーロンは咳払いをしてから話を再開する。
「残念なことにスパイはいないんだよねー。いたらもっと簡単なんだけどねー。まぁ簡単なことだよ、まず始めに言うなら、フォウスト国は強行突破や個の力に重きを置いている国であるけど、策略に優れているわけじゃない。一応名の知れた戦術家はいるが、そいつは個を最大限に生かすことを考えて指揮をとる男だ。そんな男がこんな敵の隙をつくような作戦を立てることはないよ。ならば考えられることはーー」
「別に頭の切れる指揮官がいる」
「その通りさ。さらにいうならそいつの存在を隣国である僕たちが知らなかったことから若手であることがわかる」
エリックは自分のライバルになり得る存在がいることにここに来て危機感を感じる。今まで同世代の誰よりも頭が切れるだろうと考えていたが、この策略を見て、自分以上に策略を張り巡らせることができる存在が現れたことに驚きと危機感が胸をよぎる。
「でもこの子はまだまだ青いね」
アーロンは子供と遊んでいるような微笑みを浮かべる。
「この子は自分に自信がありすぎる。自分の作戦を相手が読んでいることを想定することができても、そのことが読まれていることまでは想定できていない。一度相手の策を潰せばそれで満足してしまう。それじゃまだまだ甘いよ」
現にスティーブはわざと配置された士気の低い中央の守りを見ただけで突破できると判断してしまった。そこが敵の罠だということも知らずに。側面の士気の感じを見ればもしかしたら回避できていたかも知れないのに。
「エリック君なら絶対にしないミスだ。このくらいの読みならエリック君でも出来る。だが発想力はなかなかのものだね。エリック君も見習って頑張ってね。あとはフォウスト王国の国力からあの兵士たち全員を食わせていけるだけの食糧の保持量を逆算しただけだよ」
アーロンは笑う。これで話は終わりとばかりにエリックから目を晒そうとするが、エリックはもう一つの疑問を口にする。
「最後にもう一つだけ。そんな予想だけで軍大将の座まで賭けたんですか」
「僕はファウスト国の大将であるジェームズ殿や、うちのキース殿のようにカリスマ性だけで皆を引っ張っていく力はないからね。相手が士気の低下を狙ってきたときに本物の雰囲気を持つ人たちのようにカリスマ性だけで乗り切ることができないんだよ。だから全てを賭ける。そうすれば失敗さえしなければ皆、偽物のカリスマ性でも付いてきてくれるからね」
アーロンの発言にまたしてもエリックは愕然とする。一つ一つの作戦に自分の大将の座まで賭けるほどの自信を持つことを。失敗さえしなければ良いと簡単に言っているが、こんなのは極論、いや、論にすらならないほどの夢物語のようなものである。
この自信はつまり、アーロンは士気を狙ってくる策略に関して、読み違えることや、自分より上の者が出てくることを露ほども考えていないことでもある。
エリックはただただ感服するしかなかった。
まだまだ自分では勝てないと。この戦では最後までアーロンについていこうと。
完全にアーロンに任せっきりになっているこの状況がのちに響いてくるとも知らずに。