第12話 策略のスティーブ、対するアーロン
「そろそろですかね」
フォウスト軍の幹部陣が集まった会議でこの作戦の立案者であるスティーブが切り出した。
「そうですね、相手の士気も少しずつ下がってきているように見えますし、食糧などの問題も加味しますと明日などが決行日としてはちょうど良いでしょう」
今回の攻略に来た中で、ジェームズを除き、作戦についての理解があるエイミーが同意する。
ちなみにセイン、エルザは、話を聞いても分からんから、結果が出たら教えてくれと、二人揃って会議室を出て行った。
今頃2人とも外で剣でも振り回しているのだろう。
「うむ、2人がそう言うのなら問題はない。明日、カイユーリに総攻撃を仕掛ける、心しておくのじゃ」
「はっ」
「この手に対してどうする、壊弓よ」
ジェームズは散々苦渋を舐めさせられて来た相手に対しての復讐心のような気持ちと、散々我々を妨げてきた相手はこの手すら突破するのではないかという、期待に近い感情の二つを抱きつつ、2人の意見に同意するのだった。
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作戦決行日、敵の士気が下がっているような雰囲気、敵兵が横一列のように並んだ横陣の陣形であることを感じとり、この戦の勝利を確信しながら自軍の前に立つ。
「ここからが本番じゃ。皆祖国のために、全力で敵を滅ぼすのじゃァ」
「先陣は儂が務める。皆、行くぞ」
ジェームズの一言と背中から溢れ出る圧倒的な雰囲気によって高まっていく士気。
この戦場で最も強い男が本気を見せる。
ジェームズを先頭に動き出したフォウスト国軍は、戦力を中心に集め、敵軍の中央突破を目論んでいた。
時間をかけて攻めたとしたら、敵軍に新たな策を立てられる危険性が高い。
壊弓のアーロンならそれくらいのことはやってくると判断したフォウスト国軍の師団長であり、今作戦の参謀であるスティーブは、戦力をまとめて中央突破を仕掛けることと、相手の陣形が横陣であるために全力で行けば中央を抜くことは難しくないという、短期間で攻め切れる作戦を選んでいた。
「骨のある奴はおらんのか!」
ジェームズは巨大な斧を軽々と振り回しながら敵兵をなぎ倒していく。剣や槍、盾ですらジェームズの攻撃を防げるものはおらず、ガード無視の攻撃で何本もの武器や盾が主人を守りきれずに粉砕され、巨斧の餌食となっていく。
「「オラオラオラァ」」
エルザとセインは同じような掛け声を上げながら敵を倒していく。
セインは剣と短槍の二つを使った変則的な攻めで戦う。単純に剣で斬ることや短槍で突き刺すことだけでなく、短槍を投擲したり、短槍を足場に大きくジャンプをしつつ攻撃することなどの相手の意表をつくことで、場をかき乱し、相手に攻撃の隙などないようにみせながら、荒々しく戦っていた。
エルザは超高速の攻撃速度で、的確に敵の急所を斬りつけていく。ガードが追いつかないほどの速さの攻撃に反応できるものはおらず、エルザ自身も一切ガードをせずに両の手にある剣を振り回す。
何人かの相手が、隙をついて攻撃を仕掛けようとしてくるが、その攻撃がエルザに届く前にその者たちの急所に矢が突き刺さり、倒れ臥す。
「私の大切な姉さんには指一本触れさせませんよ」
先頭集団よりはるか後方から矢を射るエイミーはエルザへの攻撃を仕掛けようとしている者達を片っ端から射抜いていく。
その動きは、これが初陣だとは信じられないほどの精度を保っていた。
基本的に弓矢での一射一殺は余程の熟練者しか出来ない芸当である。その理由は簡単で、矢のようなものでの攻撃は突き刺すことだけしかできない武器であり、剣などに比べて攻撃力もそこまで強くないので、的確に急所を射抜かないと一射だけで殺すことはまず不可能だからである。さらに兵士たちは鎧を着ているために、鎧の薄い部分でなおかつ急所とされているところを射抜かなければならなくなり、とてつもない精度がないと不可能な芸当とされている。だが、エイミーはそれを当たり前のようにこなしていく。
その静かで美しい立ち振る舞いは荒々しい姉とは正反対であり、姉を悪魔と例えるなら、妹はまるで天使のようであった。
そして4人に比べて目立たないが、スティーブも持ち前の槍を使い、何人もの敵を倒していく。スティーブは位置取りに気を配り、なるべく相手の攻撃の届かない位置をキープしつつ、安全な位置からの槍での突きで確実に敵を倒していっていた。
さらにその後ろからは自分たちのトップの雰囲気に当てられて、とてつもなく高い士気を持った兵士たちが追随していく。
そんな化け物のような相手を前にヒロユス国軍の兵士たちはなすすべなく蹂躙されていき、あっという間に中央を突破される。
「儂らの勝ちじゃ」
勝ちを確信したジェームズたちの表情が固まる。
突破したはずの陣の後ろから先ほどよりも人数が多く、なおかつ熟練者だとわかる集団が配置されていたのである。
「さすがアーロンさんだぜ。相手の策を完全に把握してるなんてな」
「まったくだ。スパイでもいるんじゃねぇか」
「ほんとそれ、そうとしか考えられないほどの先読みで本当に惚れ惚れするぜ」
「まぁこの戦でガキどもには相当負担掛けちまったからここで挽回するか」
「だなだな、じゃあお兄さんたちの大人の貫禄見せてやりますか」
ヒロユス国第一軍の中での唯一の精鋭部隊であるアーロンの側近達がそこの守りを固めていた。
「何故じゃ!勘付いておったのか。いや、勘付いておったとしても対策のしようもない策のはず。何をした壊弓!」
ジェームズは驚きを隠しきれない。
目の前の男たちを見て、簡単に突破できる守りではないことは一目瞭然であった。彼らの力はそこまで巨大なものではない。ここにいる師団長の中で最弱と思われるスティーブですら一対一で戦った場合には圧倒できるほどの実力しか持っていないと思われる相手。
ただ彼らは自分の弱さを知っている。自分のスペックをきちんと把握して動くことができる。それはなかなかできることではない。そしてそれができるものたちは自分が死ぬことになっても、今戦場で必要なことをきちんとこなすことが出来る。
もしこのまま突破しようとするなら、相手は自分の命すら勘定に入れた守りで時間を稼ぐだろう。
彼らは圧倒的な強者相手に、死が時間を稼ぐ上で最も愚策であると知っている者たちである。
最後に死ぬことになっても、なるべく最後まで死なないように、一分一秒でも時間を稼ぐことだけを考えて動けるだろう。
彼らは強者に勝つことは出来ずとも、強者を苦しめることのできる弱者の集団である。
さらに、先ほどから横に広がっていた敵軍がフォウスト国軍を包囲しようと動き出している。
「全軍撤退するのじゃァ。皆後退することだけを考え、強行突破するのじゃァ!」
包囲戦術が完成してしまえば、カイユーリを取ることどころか自軍の全滅すらもあり得る。
この戦はもう負けだと判断したジェームズは軍の大部分に撤退を指示する。
(さすがは壊弓じゃ、どうやったかは皆目見当が付かんが儂らの作戦どころか、作戦日まで読んでいたとは。だが、まだ終わらんぞ)
ジェームズは撤退している自軍の兵に紛れ、お目当の相手を探す。