第10話 後悔、そして興味
アーロンは一人でカイルのいる病室に足を運ぶ。
カイルは、今回仲間の為に孤軍奮闘したということで、一人部屋を用意されていた。
「失礼するよ」
「おう、失礼だ」
アーロンが部屋に入ると、カイルはノータイムで軽口を叩く。アーロンはそれに苦笑いをしながらベッドの隣にある椅子に腰掛ける。
「まず始めに、よくぞ生き残ってくれた」
アーロンは心の底からの言葉を口にする。アーロンはカイルが戻ってくるまでは、軽傷程度で戻ってくると思っていたが、カイルが重傷で本陣に戻ってきたときは、部下に落ち着くように諭されるまでは軽いパニック状態になるほどであった。それなのでカイルが生きていることに心の底から安堵していた。
「まぁ負けちまったけどな」
負けを思い出し、カイルは苦虫を噛み潰したような表情になる。カイルもカイルで、エルザ相手で、白兵戦なら互角の勝負ができると踏んでいたが、エルザがはじめから本気を出していたら絶対に殺されていただろうと言う事実にショックを隠しきれないでいた。
「だが君が敵の大将と戦ってくれたおかげで被害が半数で済んだのは事実だ、本当にありがとう」
「俺が戦いたくて戦っただけだ、感謝されるいわれはねぇよ、そんなこと言うためにここに来たのか」
「いや、僕は君に謝りに来たんだ、すまなかったね、カイル君」
いきなり頭を下げたアーロンを見て、カイルは苦笑いを浮かべる。
「謝ることなんてなんもねぇんだからさっさと作戦立てに戻れよ」
カイルは自分が強ければ乗り切れたと考えているし、自分が進んで強者を望んでいたので、作戦を読まれたアーロンに対しての怒りなど一切なかった。
「それでもッ、僕はエストに誓ったんだ!それなのに勝手に予想して、大丈夫なんて考えて君を殺してしまうところだったなんて指揮官としても保護者としても失格だ」
アーロンはいつもの笑みが嘘のように自分に対する怒りを抑えきれない表情をしていた。
握りしめている拳の震えからも、その気持ちが本気なものであることがうかがえる。
「グダグタうるせぇんだよ」
「お前で指揮官失格ならほとんどの指揮官が失格になるぞ」
そう言ってカイルは微笑む。
「第一もう俺もガキじゃねぇんだからそんなに心配すんなよ、だからそんなキモい顔してねぇでいつもみたいに笑ってやがれ」
「僕はそんなにキモい顔をしていたかい」
アーロンは弱々しい笑みを浮かべながらたずねる。
弱々しくはあるが、それでも先ほどの苦々しい顔よりは、いつもの表情に近いものがあった。
「あぁ、超キモかった、まぁ今は少しはマシになったけどな」
「さっさと作戦会議に戻れよ、明日には復帰できるくらい回復してるんだから大丈夫だ」
「うん、わかった、カイル君のご所望の表情で度肝を抜く作戦を立ててくるよ」
そう言ってアーロンはいつも通りの笑顔になった。
「いつも通りのキモ顔になったじゃねぇか」
「そこまでキモいって言われると結構傷つくんだよねー、まぁ無理はせずにね」
アーロンはショックを受けた顔をしつつ部屋を出ていった。
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エルザは撤退するとすぐに、剣を振り回し、訓練という名の憂さ晴らしを始めた。
「クソがァ」
荒々しく何度も何度も剣を振り回す姿に、周りの兵は触らぬ神に祟りなしと近づいて行くことはなく、そんな状態のエルザに話しかけるような酔狂なものはこの軍にはいない。
しかしその中で一人、近づいて来る人影があった。
エルザはギロリとその人影に睨みつけながら剣を向けるが、その人影の正体を知って剣を下ろす。
「姉さん、どうしたんですか、そんなに荒れて」
「エイミーか」
「はい、エルザ姉さんが愛してやまない妹のエイミーですよ」
ニッコリと微笑むエイミーにエルザはキレる。
「誰がシスコンだ、俺は別にシスコンじゃねぇ」
「もう、照れなくてもいいのに」
「照れてねぇよ、本心から言ってんだよ」
エルザがいつもの調子を取り戻していく。
「まぁからかうのはこれくらいにして、何かあったのですか」
荒れたままだったら、何も言わなかったかもしれないがいつものノリで少し口が軽くなったので、スラスラと言葉が出てくる。
「いい槍使いを見つけたのにあのザコ姉と同じ技を使いやがった。全くあんなカスと同じ槍術を使いやがって」
「まぁ、エスト姉さんと同じ槍術を使う人がいたんですか」
「あんな奴の名前なんて言わなくていいんだよ、あんなのはザコ姉で充分だ」
二人が話しているところにさらにもう一人の巨大な人物が現れる。
「ほぅ、その話は本当かのう」
その巨大な人物であるジェームズが興味深そうにたずねる。
「あぁ、一回だけしかやらなかったがザコ姉と同じような動きで剣を逸らしてきやがった」
「ふむ、それはいいのぉ、戦場での楽しみが増えたわい」
そう言ってジェームズは去っていった。
(エルザと同じ槍術か、彼奴の意思を継ぐものがいたとはのお。此度の戦は本当に良いものであるな)
自軍の後継の成長、敵軍の良い動きをする若者たち。若い者たちの台頭にジェームズは笑みを浮かべるのだった。