光物語
昔々、両脇を大国に挟まれたある島国で、皇帝の寵愛を受けた側室が可愛らしい皇子をお産みになりました。
皇子を産んだ側室は位が低く、対して正妃様は東側の大国の後ろ楯をもつ、力ある大名の娘でした。
そして正妃様は先に一の姫君をお産みになっていました。
その他に皇帝の御子はまだお産まれになっていません。
皇位継承権は男子にのみあり、皇帝の指名や臣下に降る以外は、基本的には産まれた順と決まっています。
つまり、この産まれた皇子が皇太子になります。通常ならば。
しかし皇帝は、大国との関係と、何より愛する人との子どもの命を心配しました。
それゆえに、その皇子を、女の子として育てることに決めました。
皇帝は性別を知る者に口止めをし、正妃様には「早く世継を」と告げ、度々お通いになりました。
2年の後、正妃様にも皇子がお産まれになり、祖父になった大名は、派閥に属する大名達やその子など、高貴な方々を大勢教師として遣わしました。
永く西の大国にも東の大国にも与しない皇帝陛下が続いておりましたので、今ぞその時と、大変な力の入れようでした。
先の皇子はすくすくと聡明で健やかに姫君として育ち、7歳で名付けの儀をお受けになりました。
そしてその日に、「光」という名と共に、引き続き男性であることをを隠して女性として、成人まで生きることを皇帝と母君から告げられました。
光様は母君に似て、日に日にお美しく成長されました。柔らかな面立ちと線の細いお体で、誰が見ても姫君として。
光様は「お転婆な二の姫」として城下に出て遊んでいることが多く、宮中でも下男下女に混じって仕事を手伝うことすらあったので、高貴な方々からはいずれ低位貴族に降嫁されるものと軽んじられていました。
しかしながら、下働きは元より、宮中の女官や、正妃様の第一子である姉宮様からも、「ひかりの宮」と呼ばれて可愛がられておりました。
それは光様が、常に微笑みを絶やさず、親切で、謙虚に誰にでも教えを請うたからでございましょうか。
光様は城下で、皇帝陛下の計らいにより、身分は低くとも秀でた者たちから学んで おりました。
また、隠れ家で着替えてから、鍛錬に出かけることもありました。
皇帝陛下から、皇太子として教育を隠れてお受けになっていたのでございます。
しかしいくら鍛錬しようと、女性のような線の細さが崩れることがなかったのは、なんとも不思議なことでございました。
正妃様の皇子である一の皇子も7歳になり名付けの儀を受けられ、周りからも「皇太子」とみなされておりました。
周りからかしずかれ、誉めそやされる『皇太子』様は次第に「望んで手に入らぬ物はない」と慢心されるようになりました。
そうして、光様が14歳、一の皇子様が12歳の時でございます。
一の皇子様は一人の可愛らしい侍女と出会います。度々出会うのに名も教えず内密と恥じらうその娘に、一の皇子はすぐに夢中になります。
そうして半年経ってようやく「正妃でなくとも良いので、妃の一人に必ず迎える、と公に宣言してくださったなら、名を教えましょう。」と娘に請われます。
「そんなことは当然だ!成人の暁には、必ず妃に迎えてやる。そうだな、二月後の二の姫の成人の儀の時に宣言してやろう。だから名を!」
「私は『宣言してくださったなら』と言ったではありませんか。皇太子様が宣言してくださったその時に、私もその場で名を名乗ります。でも、皇太子様のお心にお答えしたく、先にこの身をお捧げいたします。」
そうして二人は密かに会瀬を重ねていました。
そうして迎えた光様の成人の儀の日。
成人の儀では、成人の髪型に結上げて、登場し、男は冠を、女は簪を授けてくれた人の子どもと結婚します。
大名達が光様の登場を待つ大広間で『一の皇子』は侍女を隣に立たせて「私は、成人の暁にこの娘を妃にする」と宣言いたしました。そして告げられた侍女の名は『西の大国の中核貴族である大臣の娘』。
ご正妃様も祖父の大名も怒り、大広間は騒然となりました。「この乙女が誰の娘であろうと、私達の愛は真実だ!」と最初は威勢の良かった一の皇子ですが、状況を理解するにつれて段々と声も小さくなってゆきます。
ただ東の大国と親しく繋がっているだけの大名と、西の大国の大臣の、妾腹とはいえ娘。どちらが影響力が強いのかは明らかです。さらに皇太子となるはずの一の皇子の未熟さを露呈することにもなりました。「これが一の姫や二の姫なら、こんな浅慮はしなかったであろうに」と、その場にいた誰もが心中で呟いた時、
「静まれ。この場は『ひかる』の成人の儀である。皇子に対する沙汰は追ってする」
「ん?『ひかり』ではなく『ひかる』と言わなかったか?」と思う間もなく、
麗しき成人男性の装いをした光様が入場し、ざわめきが広がります。
「これより、一の皇子ひかるの君の成人の儀を執り行う。」の神官がのべます。
「「こ、皇帝陛下!」」たまらずご正妃様とその父君の大名が声を上げます。
「儀式は始まっている。静粛に。」
皆が驚愕し、ご正妃様達同様聞きたい気持ちでいっぱいですが、儀式の最中に声を上げることは神に対しても不敬なこととされます。皆押し黙るしかありませんでした。
儀式は進み、皇帝の忠臣であり、大国に関しても中立である高位貴族が冠を授けます。
「今をもって光を皇太子として認める。ひかる、長い間ご苦労であった。引き続き精進せよ。」
儀式は終わりましたが、ご正妃様と『二の皇子』になった『一の皇子』、大名とその一派は愕然としています。
「さて、『二の皇子』の沙汰であるが、我が国は他国の傀儡になるつもりはない。よって、臣下に下した上で子どもの成人と共に平民に下す。」
どうやらご正妃様や大名が把握していなかった『二の皇子』の行動や侍女の正体を、皇帝陛下はご存知だったようです。
「平民なんてご免よ」と逃げ出そうとしていた娘は捕らえられ、『二の皇子』の子を授かっていないか半年近く軟禁されることとなり、
『二の皇子』は先々平民として暮らすために学ぶことになりました。
後日、光様の立太子が発表されると、民は驚きとともに、民と混ざって遊んでいた『お転婆姫』が治める未来に、親しみと期待を抱くのでした。
また、皇太子となった光様に最初は反発していた『二の皇子』でしたが、姉の一の姫からの進言と、光様の誠実な態度に次第に懐き、成人まで仲睦まじい様子で過ごされした。
それを見て女官達が盛り上がっていたのは、内緒のお話。
おしまい
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