第7話 似た者同士
「え……」
扉を開けて入って来たのは、なんとあの須藤だった。
……いやいやいや、普通こんな男だらけの場所に女を誘うものなのか?それとも外国ではそういうのが普通なのか、教えてくれルーク。
「よく来てくれたね、さあさあ座って座って」
「はい、失礼しますね」
そう言って須藤は俺の隣に腰を下ろした。相変わらず良い香りを纏っており、さっきまで微妙に男臭かった部屋が一気に清い空間に早変わりしたように思える。
「すーさん!飲み物何がいいですか!?」
「あ、じゃあ……オレンジジュースをお願いします」
「はいよっ!」
ルークは須藤を『すーさん』と呼んでいる、というどうでもいい情報を耳に入れつつ、俺は自分でコーラを紙コップに注ぐ。それにしても、この須藤の待遇……まるでオタサーの姫のような感じだ。仮にも主役は俺だと思うのだが。
「……こんな男ばっかのとこで大丈夫なのかよ」
俺は何だか心配になって須藤に尋ねた。いや、尋ねたというよりはただ呟いただけではあるが。しかし須藤は自分に対する質問だと気づいたのか、微笑みながら言った。
「大丈夫ですよ。だって今日はあなたの歓迎パーティでしょう?性別とか関係ないです」
その表情があまりにも眩しくて。俺は「そうかい」とだけ言って目を背けた。そして、くだらない質問をしてしまった事を深く後悔した。そもそも何故俺が他人の事なんか気にかけてるんだ?
「さて、じゃあ全員揃った事だし……お互いの事を知るために自己紹介でもしようか。まずは主役の青木君からね」
「えっ俺!?」
突然の無茶ぶりに一瞬動揺するが、落ち着け自分……と軽く咳払いをする。別に自己紹介なんて大した事ではない。ただ適当に名前を言って年齢を言って趣味を言えばそれだけで終わりだ。ここで人の印象を掴みたいような奴はしょーもない一発芸などをするのかもしれないが……俺は目立ちたくないんだからする必要が無い。
「えっと、青木藍斗……です。18歳で……趣味は寝ることです。よろしく」
「え~!?ぼく、もうちょっとアオッキーのこと知りたいなあ!」
ルークの純粋な探求心が俺を襲う。くそ、そんなキラキラした目をするな……。純粋さと言うのは時に人にいらぬ苦しみを与えるという事をこいつは分かってない。
「あーっと……え~……何を言えばいいんだ……」
「じゃあ好きな食べ物!」
「えっと、好きな食べ物は……別に無いな」
「じゃあ好きなゲームとかアニメは!?」
「アニメは特に無いけど……ゲームは『ファイナルクエストシリーズ』かな……」
「えっ、ファイナルクエストやってるの!?シリーズだとどれが好き!?ぼくは10なんだけど!」
「あ~……8かな」
「8とは渋いね!賛否あるけどぼくも好き!あ、じゃあじゃあ好きな本は?」
「本とか読まないし……ってかもういいだろ、次に回してくれ」
いつから自己紹介は質問攻めコーナーになってしまったんだ。予想していたよりも喋らされてしまったじゃないか。
「じゃあ次はぼくね!ぼくの名前はルーカス・ミラー!ルークって呼んでください!18歳!好きなものは銭湯で一日に三回以上は入ります!趣味は人にあだ名を付けること!後、こんな見た目だけどぼくの記憶の中だとずっと日本に住んでます!こんな感じでヨロシク!」
ルークはいつも通りの元気溌剌な自己紹介をする。だが、一つ引っ掛かる。この日本語のペラペラさから日本に長く住んでいる事は分かっていたが『ぼくの記憶の中だと』とはどういう事だろうか。いや、単純に小さい頃に日本に来たから以前の国での生活を覚えていないというだけかもしれない。
「僕は鳥家豊。20歳の大学三年生。まあ見ての通りオタクで……趣味はアニメ鑑賞とゲームで……あっ、ゲームと言っても恋愛ゲームとかなんだけど。で、アニメだとdoorの作品……あ、doorって会社ね。そこの作品が好きだな。その中でも特に『空』って作品が好きで……泣けるんだなあアレが。何が泣けるかって言うと……」
それからしばらくの間、鳥家の自己紹介という名のダイレクトマーケティングが続いた。これはあれだな、普段の日常生活ではある程度まともを装えるけど趣味の話になると自制が効かなくなるタイプの人間だ。俺は辟易していたが、ルークは興味津々と言った感じで相槌を打ちながら話を聞いているし、須藤も相変わらず微笑みを崩さずに話を聞いている。もしかしたら須藤は隠れオタクだったりするのだろうか。
「おっと、つい語りすぎちゃったかな。じゃ、最後に須藤さん」
「あ、はい。須藤恋歌、18歳です。趣味は色んな場所にお出かけする事……ですかね。あ、後はお菓子作りも趣味なんです。お菓子は作るのも食べるのも好きで……今日は手作りのケーキも持って来たんです。良かったら召し上がってくださいっ」
そういえば何か大きい箱を持ってきてるとは思っていたが、まさかケーキだったのか。最初にちゃぶ台の中央に置かれていた塩分高めのお菓子に代わって須藤の手作りホールケーキが置かれる。見た目はどこにでも売っていそうなショートケーキだったが、逆に一人でここまでクオリティの高いケーキが作れているというのが凄い。
「じゃ、遠慮なく頂こうか」
まだ昼飯前だと言うのにこれを食べるのか?と思いもしたが、鳥家は次々とケーキを切り分けていき、余った分は後で食べる用にと冷蔵庫にしまった。
「いただきまーす!……お、美味しい!すーさん、これ美味しいよ!」
「本当ですかっ。良かったです」
さて、俺も食べたい所なのだが……何故だろう、妙に緊張する。そう、俺は人生で家族以外の女性から何か食べ物を振る舞われた事が一度も無いのだ。この謎の緊張はきっとそのせいだろう。
「もしかして甘い物は好きじゃありませんか?」
なかなかケーキに手を付けない俺を心配そうに見つめてくる須藤。このままではマズいと、無駄な緊張を押し殺してケーキを口に入れる。
「……美味い」
濃厚な生クリーム、ふわふわのスポンジ、酸味の効いたイチゴ……全てが絶妙にマッチしている。どこぞの店で食ったケーキよりもよっぽど美味しい。ケーキを口に運ぶ手が止まらない!そうしてあっという間に皿の上のケーキは無くなってしまった。
「そんなに美味しかったですか?嬉しいです」
しまった、俺としたことがついがっついてしまった。まあ須藤も嬉しそうにしてるし別にいいか……。
「ところで、これから何するんですか?」
須藤が鳥家に尋ねる。確かにパーティと言われても何をするのかいまいち分からない。基本的には全員で飯食って……後はダンスでもするのか?こんな狭い部屋で?
「うーん、そこら辺は何も考えていないんだよね」
だったらもう帰らせてほしい……と考えていると、ルークがポケットを漁り出し、トランプを取り出した。
「だったら大富豪やろう!大富豪!」
ルークは目をキラキラさせながら言い、誰もまだやるとは言ってないのに既にトランプを配り始めていた。仕方が無い、付き合ってやるとするか。大富豪なんてここ最近ほとんどやっていないが、簡単なルールくらいは覚えている。
それから俺達は大富豪だったり、宅配ピザを食ったり、興味の無いアニメ鑑賞に付き合わされたりとウダウダ過ごしてしているうちにいつの間にか日が暮れようとしていた。何だか、とてつもなく無意味な時間を過ごしてしまった気がする。とは言え、ここに来なかったらどうせ部屋で一日中寝転がっていただけだったのだが。しかしほとんど面識の無い連中や須藤に気を遣っていたせいでやけに疲労を感じる。これならやはり自分の部屋で怠惰に過ごしていた方がマシだったかもしれない。
「今日は楽しかったですね」
ふいに、隣で横座りしていた須藤が声を発する。誰に話しかけているんだ……?なんて最初は考えていたが、部屋を見回すとルークは既にはしゃぎ疲れたのか大の字で幸せそうな顔で眠っているし、鳥家は缶ビールを飲み過ぎて酔っぱらって卓袱台に涎を垂らしながら突っ伏している。つまり、この問いは俺に向けて発せられたわけだ。
「そう……かもな」
別に俺は特別楽しかったわけじゃない。だってずっとウダウダしていただけだし。でも、パーティー中、ふと須藤の横顔を見た時はいつも楽しそうに微笑んでいた。それだけで、今日は楽しかったのかもしれない……と感じていた。
「……須藤……さんは何が楽しかったんだ?」
「ふふ、『さん』はいらないですよ。同い年なんですし」
「だったら、須藤も敬語なんてよしてくれよ。なんか……居心地悪くなるし」
「あ、ごめんなさい……」
「い、いや別に無理にとは言わないんだけど」
「その、普段から敬語ばっかり使ってるから慣れなくて。ごめんなさい」
「だ、大丈夫。敬語で構わないから」
「は、はい」
微妙な空気が流れる。何で俺はこんな無駄な事を口走ってしまったのだろうか。これでは俺と須藤の関係がタメ口でも通用するとか思い込んでいる痛い奴じゃないか。途端に羞恥心が俺を襲い、紅くなった顔を隠すように体育座りのまま顔を伏せる。
「で、何が楽しかったか……でしたっけ?」
「あ、ああ」
「全部です」
「全部?」
「はい。皆さんと一緒に過ごせた時間が、全部楽しかったです。普段はあんまり色んな人と遊んだりしないし、それにルークさんや鳥家さんも心から楽しそうで……だから私も楽しかったんです」
須藤はどこか遠くを見るように言葉を紡ぐ。確かにあいつらは楽しそうだったな。今回は俺の為に開いたパーティーだったというのに、そんな事まるで覚えていないかのように勝手に騒いで勝手に眠ってしまった。
「でもさ、正直アニメとか見させられて退屈だったろ」
「いえ、あんまり私ああいうの見ないから……新鮮で楽しかったですよ」
「そうか……?俺はあんまり面白くなかったけどな」
「ふふ、青木さんって思ったこと普通に言っちゃうんですね」
「別にそんなことはない」
今だって鳥家が寝ているから言ったまでだ。こう見えて俺は人間関係には気を遣う方だと言うのに。無駄な軋轢はただ疲れるだけだからな。そんなもので気分を下げる気にはならないんだ。
「……じゃあ俺は帰る。こいつらもう起きそうに無いからな」
そう言いながら立ち上がり、大きく伸びをする。須藤と一緒にいられる機会を逃すのは少し惜しいが……それ以上の居心地の悪さが心を支配している。何故か彼女と話していると妙な緊張感を覚えるのだ。これは単純に俺のコミュニケーション能力の無さが祟っているだけなのだろうか?
「私は……ここに残っておきます。二人が目覚めるまで片付けとかしないとですし」
「……何でそんなこと?」
「……何ででしょうね」
須藤はそう言いながら床に散乱しているお菓子の袋を拾い始める。その表情は何故か、どこか寂しそうで。
「……手伝う」
既に扉に手を掛けていたが、引き返して空き缶を集める。なんで俺までこんな事を……と少し後悔する。
「……人に……よく見られたいからかもしれませんね」
「え?」
「あ、な、何でもないです」
須藤は何でも無いと言ったが、きっと今のはさっきの問いに対する答えだろう。人によく見られたいから、か。案外俺と似た者同士だったりするのかもしれない、なんてな。人間なんて誰だって多かれ少なかれ他人からどう思われてるか、を気にするものだ。これだけで似た者同士だなんて早計がすぎる。
「ふう、片付け終わりましたね」
「そうだな」
「……青木さんは帰りますか?」
「……いや、俺も残る。主役が帰るわけにはいかないし……それに鳥家に晩飯奢ってもらう予定だったからな」
それに……もう少し須藤の事を理解したい。そう感じたから。どこか似ているだなんて思ってしまった理由を知る為に。