第6話 Welcome to Surprise
「おや、もしかして貴方がレンアイ荘の新しい住人という……」
朝、俺の部屋に泊まっていた藍香を駅まで送り、コンビニで朝飯のメロンパンを買って帰っていた途中に突然後ろから何者かに話しかけられた。
振り返ると、そこには俺と同じくコンビニのレジ袋を提げ、丸眼鏡をかけた青年が立っていた。服には二次元の美少女が描かれており、なんというか物凄くオタク臭い雰囲気を醸し出している。
「……そうだけど」
「ほう、これは丁度いい。僕は鳥家豊。僕もレンアイ荘に住んでいるんだ。よろしく」
「あ、お、俺は青木藍斗」
突然の自己紹介に、俺も反射的に名乗ってしまった。それにしてもやはりこの町の連中は何故こんなに馴れ馴れしいのか。俺は一人でいたいんだ、あまり関わらないでほしい。
「ところで君……単刀直入に訊くが、君もこっち側の人間か?」
「こ、こっち側……とは?」
「それは勿論、君がオタクかどうかということだ」
彼は自分の服に描かれた美少女を指差しながら言う。やはりオタクだったか。まあ分かってはいたが。
俺はアニメオタクという人種が好きではない。所詮は作り物である存在に何故そこまで熱中できるのかが理解できない。別にアニメそのものは嫌いではないしそれどころかたまに見ることもあるが、それに傾倒するような奴とは分かり合えないだろう。
「俺はオタクじゃない、これでいいですか。では……」
朝から駅まで往復して疲れたのだ。早く帰ってメロンパンだけ食ったら二度寝しようと思っているのだから邪魔しないでいただきたい。
俺は鳥家と名乗った男に背を向けて歩き出す。すると彼は慌てたように「おいおいおい」と喚きながら俺の腕を掴む。
「まあちょっと待ってくれよ、冷たいなあ。君、コミュ障か?」
「あ?」
確かに自分にコミュニケーション能力が欠如している事は自覚しているが……改めて人に言われると苛つく。それにしても俺の経験則上、コミュニケーション能力があるオタクほど厄介なものはいないとは思っていたが、今その事実を再確認した。
「見た目的にオタクに見えたが……まあ別に違ったとしてもいいさ。これからこっちに染めてやるから」
「え……それはどういう」
「まあいいから、とりあえず俺の部屋に来なよ」
「断る。いきなり知らない奴の部屋なんかに行けるか」
俺は語気を強くして拒絶する。すると、鳥家はやれやれとでも言いたげな表情で掴んでいた俺の腕を離し、俺は今度こそその場から立ち去ろうと歩き出した。
「でも、君どうせ暇だろう?」
それでも尚、鳥家は俺に話しかけてくる。だが無視だ。
「昼飯と晩飯を奢ると言ったら?」
「興味ない」
「君以外にももう一人来ることになってるんだけど……」
「……」
「ルークって奴、知ってるよね?」
聞き覚えるある名前を聞き、俺は歩みを止める。ルークと言うと、温泉で俺に馴れ馴れしく話しかけてきた奴か。しかしそれがどうしたというのか。まだ彼とは数分会話しただけで友人でもなんでもない。それに人数が多ければ多いほど心が落ち着かないから嫌なのだ。
「あいつが君の為に歓迎パーティ開きたいって言って色々準備してくれてるんだよ。頼む、来てくれないか?」
「俺の為……?」
なんでつい最近会ったばかりでろくに会話もしてない俺の為に?……よく分からない。いや、寧ろろくに会話してないからパーティなんかを開いて俺と関わりたいってことか?だったら何故俺なんかと関わりたがる?俺は一人がいいのに、こんなにつまらない人間と。
「来なかったら、あいつ悲しむぞ?」
俺の為。俺の為にルークは色々準備しているという。だったら本当にここで断ってしまっていいのだろうか。ふと、ルークの無垢な笑顔が思い起こされる。
「……わあったよ……でも一時間待ってくれ」
「そう言ってくれると思ってた。じゃあ一時間後……そうだな、10時には俺の部屋、301号室に来てくれ」
301号室って言ったら俺の部屋の真上か。仕方が無い、あそこまで言われて尚、断り続ける度胸は俺に備わっていないからな。昔からそうなのだ。一人がいいと言いつつ、誰かに強く頼まれれば結局引き受けてしまう。つくづくそんな自分が嫌になる。
俺は部屋に戻るとちゃぶ台の上にメロンパンを放り投げて布団の上にダイブする。ポケットに突っ込んでいたスマホを取り出して時刻を確認する。8時52分……
一時間猶予を設けたのは腹と身だしなみと心を整える為だ。俺はとりあえずメロンパンを食らい尽くし、台所で洗面をして歯もいつも以上に磨く。ボサボサの髪も姉さんが置いていたシャンプーでしっかり洗う。昨日風呂に入らず寝落ちしてしまったから銭湯に行きたいが生憎今の時間は閉まっている。ということでボディシートで身体中を念入りに拭いた。服もダボダボの寝間着ではなく外着に着替える。
見た目の準備はバッチリ整った。どうせ男連中しかいないのに何故こんなに念入りに身なりを整えたのか……正直自分でもよく分かっていないがどうもこんな事でもしていないと落ち着かないのだ。気を許している奴ならともかく、ほとんど会ったばかりの人(しかも二人)と長時間狭い部屋で過ごすなんて俺には負担が大きすぎる。
「クソ……もうそろ時間か……」
うだうだ心の中で愚痴を吐いている間に時刻は9時56分を回っていた。このまますっぽかしてしまうのも考えたが、約束は約束だ。ここで行かずに後々ここでの生活の居心地が悪くなったりなどしたら堪ったもんじゃない。ただ、行ったら行ったでそこで下手すれば雰囲気を悪くしてしまう可能性がある。そんな事にはならないように空気と化すことを徹底しよう。
「……ったく、これだから人間関係は疲れるんだ」
10時ちょうど。俺は301号室の扉の前に佇んでいた。何度か深呼吸した後、インターホンを押した。すると間髪入れずに「鍵空いてるから勝手に入ってくれ」と中から聞こえてきた。俺は言われた通りに「お邪魔します」と呟きつつ中に入る。
「Welcome to レンアイ荘~!」
部屋に入った瞬間に破裂音が鼓膜を震わせた。次第に火薬の匂いが漂ってくる。驚いた拍子に瞑っていた目をゆっくり開くと、そこにはクラッカーを俺に向けている。ルークと鳥家がいた。気が付くと俺の身体は紙テープと紙吹雪まみれになっている。
「……」
なるほど……こういうお迎えの仕方をされるとは。確かに歓迎パーティだからこういう事をされてもおかしくはなかったが。
「……もしかして怒っちゃった!?」
さっきまで満面の笑みだったルークが心配そうに……というか怯えたように言う。まずい、そんなに不機嫌そうな顔になっていただろうか。ここで雰囲気を壊すわけにはいかない。
「い、いや、怒ってないから。ビビっただけ……」
「なーんだ、よかったー!」
ルークは相変わらず感嘆符が見えるような喋り方だ。鳥家に促されて部屋の中央にあるちゃぶ台の元に座る。
ざっと部屋を見回してみると、俺の部屋にあるのとは比べものにならない大きさのテレビとその傍に置かれた録画機器や大量のゲーム機が目に入る。他にも棚には大量の美少女フィギュアとかゲームとか漫画とかライトノベルが置かれている。更には立派なデスクトップPCもあり……いかにもオタクって感じだ。ちゃぶ台の上にはオレンジジュースとアップルジュースと緑茶とコーラが二リットルずつ、皿にはポテトチップスやフライドポテトなど太りそうな食い物が盛られていた。そして紙コップが四個……四個?
「も、もしかして俺以外にもまだ誰か来るのか?聞いてないぞ」
「やっぱ人数は多い方がいいかなって思って、今アパートにいる人全員誘ってみたんだ!」
「な、何!?」
流石にそれは勘弁していただきたい。ろくに話したことが無い人にそんなに集まられるとキャパオーバーだ。
「でもあんまり来てもらえなくて……一人は誘えたんだけどね!」
「……その一人ってのは誰なんだ」
俺が尋ねたと同時に部屋にインターホンの音が響く。どうやら噂の人のお出ましらしい。知らない人二人ってだけでもしんどいのに更に増えるなんて……。「鍵空いてるから勝手に入ってくれ」と鳥家が俺の時と同じ事を言うと、「お邪魔しまーす……」と申し訳無さそうな声と共に扉が開かれる。
「え……」
そして、そこにいたのは須藤だった。