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第5話 妹がやってきた

 ピンポーン……ピンポピンポピンポーン……


 部屋中にけたたましくチャイム音が響く。 ……誰だこんな時間から。俺は手探りで近くに置いてあったスマホを掴み取り、寝ぼけ眼をこすりながら時刻を確認する。……まだ午前七時じゃあないか。こんな朝っぱらから訪ねてくる非常識な奴の為にわざわざ出向いてやれるほど俺は人間できてない。

 布団を顔までかけて無視を決め込もうとするが、三分ほど経ってもチャイム爆撃は止まらない。それどころか段々と連打が激しくなっているようにさえ思える。いやしかし五分も経てば収まるだろうと無視し続けていると……本当に五分経つとチャイム爆撃が止まった。

 これでやっと眠りにつける。しかし一体誰だったんだこんな時間に……いや、これはもしかしたらこれは『午前七時になったら玄関のチャイムを鳴らされまくる』呪いに罹ったという事か。なんて健康的な呪いなんだ。

 などと下らない事を考えていると、今度はスマホから着信音が鳴り出した。誰だよこんな時に……もしかしてチャイムを鳴らしていた奴と同一人物か?と画面を見ると、そこには『妹』と書かれていた。


「ちょっとお兄!なんで出てきてくれないの!?」


「……チャイム鳴らしてたのはお前か、藍香(あいか)……」


 俺は心の底から不機嫌そうな声を出す。藍香は俺の妹だ。今年から高校二年生になる。


「お前何なんだよこんな朝から……」


「何なんだ……って、引っ越しの次の日に行くって言ってたよね?」


「……あ」


 そうだ、初日から色々とありすぎて完全に頭から抜け落ちていたが今日は藍香が俺の部屋の整理整頓を手伝ってくれることになってたのだ。最初、俺は別にいいと断ったのだが藍香のやたらと世話好きな性格と自分の決めた事はなかなか譲らない性格に負けて来てもらうことになったわけだ。


「ていうか、いいから早く開けてよ」


「あー、はいはい分かった」


 俺は一度大欠伸をしてからまだ疲れが取れてない身体を無理矢理起こし、玄関の扉を開ける。そこにはあからさまに不機嫌そうな顔をした我が妹が立っていた。


「おはよう、お兄」


「……なにもこんな朝早くに来るこたあ無いだろ……」


「生活習慣がちゃんとしてるか確認の為だよ。七時にはちゃんと起きてなくちゃ」


「お前なあ、休日だから何時まで寝てようが別にいいだろ」


「ダメだって。そういう考えが生活習慣の乱れに繋がるんだから」


「……分かったから、とりあえず中入れ」


 俺が妹にお小言を言われるような奴だとここの住人に知れ渡るのは勘弁したい。特に隣人である須藤には。俺は藍香を部屋の中に入れて姉の使い古しの座布団に座らせる。そして昨日ハンバーグ弁当と一緒に買った麦茶2リットル入りのペットボトルをちゃぶ台に置く。正確には俺がちょっと飲んだから2リットルも入っていないが。


「え、紙コップとか無いの?」


「来客なんて無いからな」


「いやいやいや、現に今藍香が来てるじゃん!」


「お前は家族だから関係無いだろ」


 気になるなら口付けずに飲め、とだけ言って俺は再び布団に寝転がる。藍香は呆れきったのかわざとらしくため息を吐いて、直接口を付けてラッパ飲みする。「ぬるーい」とか文句を垂れていたが無視だ。


「ところでお前、そりゃなんだ」


 俺は藍香が背負っている女子校生に似つかわしくないどでかくて黒いリュックサックを指差して言う。縦幅は藍香の背中と同じぐらいの大きさだ。


「ん、これは掃除道具とか枕とか寝袋とか入ってるの」


「ちょっと待て、なぜ枕と寝袋が必要なんだ」


「なぜって、今日はここに泊まるつもりだし」


「おいおい嘘だろ?」


「ここ掃除するついでにこの町をお兄と見て回りたいし。最近あんまり一緒にいられてないからね」


 まったく、最近あまり一緒にいないから藍香のブラコンっぷりも少しは鳴りを潜めたかと思っていたが別に何も変わっていないらしい。いや、逆に悪化したのかもしれない。


「さ、それより朝ご飯食べないとね。はいこれ」


 藍香はリュックサックを漁り、そこから弁当箱を取り出した。開けると、一段目にはふりかけご飯、二段目には様々なおかずが見栄えよく詰められていた。


「へー、こりゃ美味そうだ」


「そうでしょ?藍香が作ったんだもん」


 さて味はどんなもんだと野菜炒めを口に運ぶ。


「美味いな」


「でしょ?」


 藍香はポニーテールをぴょこぴょこ揺らしながら満足そうに言う。前に藍香の手料理を食べたのは一年前ぐらいだったろうか、あの時も普通に美味しかったがそれよりも格段に美味くなっている。というか、どこか母さんの味に近づいている気がする。

 弁当を平らげると、藍香の部屋掃除に無理矢理付き合わされることになった。改めて部屋の隅や家具を見てみると埃まみれである。姉は俺に似て(というか俺が似たのか)面倒臭がりなので掃除なんてまるでしなかったのだろう。後から住む俺の気持ちも考えてほしい。

 

「ふー、大体終わったね」


「ああ……疲れた……」


 まともに部屋の掃除をやるのなんて久々だ。基本的に母さんにやらせていたからな。俺はぐったりして仰向けになってぶっ倒れる。


「お兄、こんなのでへばってるの?まだ荷物の整理整頓が残ってるよ」


「……それはお前がやってくれ。俺は寝る」


「……お兄、彼女とか絶対できなさそうだよね、ここに住んでたとしても」


 余計なお世話だな。それに、ここの恋愛が成就するなんて噂はまったくの嘘だ。実態は呪いを消すために恋愛を成就させねばならない、って話なんだからな。まあ呪いの話をしたところで信じるわけも無いから言わないが。それにマスターも確か部外者にこの話は出来ないみたいな事を言っていたし。

 結局、荷物の整理は藍香に丸投げした。そして整理が終わって部屋が見違えるほど綺麗になった時には既に11時半になっていた。藍香も流石に疲れたのかその場に寝転がる。


「お兄~お腹空いた~」


「だったら夜まで眠ればいい。昼飯代が浮くぞ」


「それ本気で言ってる?」


「それにダイエットにもなる」


「……藍香がちょっと太ったの、気付いてたの?」


「……いや別に」


 確かにちょっと顔が丸っこくなったような気がしたが、口には出さないでおいた。妹の顔ばかり見ている変態シスコン兄だなんて思われたくはない。


「そういえば一階にカフェあったよね。あそこ行きたーい」


「しゃーないな……」


 仕方なく、二人でカフェに行く事になった。アパートの玄関口を出る途中、コンビニ弁当らしきものが入ったビニール袋を持った制服姿の少年とすれ違いざまに肩がぶつかった。


「いって……おい気を付けろよ」


 俺は怒鳴ってみるが、少年は謝るどころか立ち止まりもせずに階段を上っていった。


「なんなんだあいつ……」


「あの制服、藍香の高校のだよ」


「知り合いか?」


「ううん……顔がよく見えなかったから分かんないな……」


 それにしてもやけに制服が汚れていた気がする。そして藍香の通っている高校はここから随分遠いと思うのだが……まあ、ぶつかってきて謝りもしない奴のことなどどうでもいいか。

 

 それから俺達はカフェで昼飯を食いながら適当に時間を潰し、町を適当に散歩することになった。俺は面倒だし部屋でダラダラしたかったのだが、藍香がどうしてもと言うので仕方なく付いて行く事になった。まあ俺もこの町についてあまり知らないし良い機会かもしれない。


「あ、そういえば藍菜(ねえ)が一階に放置してるママチャリ勝手に使っていいって。鍵も挿しっぱだからすぐに使えるって」


「そういえば一階にボロいママチャリがあると思ってたが……あれ姉さんのだったのか」


 風雨に曝されていたのか錆だらけだったような気がする。本当にちゃんと動くのだろうか、などと考えているとどこからか「あれ、青木さん?」と後ろから聞き覚えがある声がした。

 振り向くと、そこには声の主である須藤と以前カフェで出会った『嘘しか吐けない』呪いにかかっているという溝呂木さんがいた。そして、溝呂木さんに抱きかかえられている白猫もいる。


「……この人たち誰?」


 藍香が訝しむような目でクイクイと俺の服の袖を引っ張りながら訊いてくる。俺は小声でただのアパートの住人だ、と伝えるが藍香はいまいち納得しきれてない表情である。


「青木さん、その子は……」


「え?あ、ああ……俺の妹だよ」


「藍香っていいます、宜しくですっ!」


 さっきまでの表情はどこへやら、いつもの元気溌剌な藍香に早変わりする。お、女って怖いな。そして女三人に囲まれている今の状況は即ち地獄。早く抜け出したい。


「藍香ちゃんですね、私、須藤恋歌って言います。よろしくね」


 自己紹介を終えた後も藍香と須藤が仲睦まじい(ように見える)会話繰り広げる中、猫を抱きかかえた溝呂木さんは全く口を開かなかった。口を開けば嘘ばかり放つから喋らないようにしているのだろう。


「……その猫ちゃん可愛いですね、なんて名前なんですか?」


 なんて考えていると会話の矛先が溝呂木さんの抱えている白猫に向かってしまう。溝呂木さんは一瞬ぎょっとしたように細い目を見開くが、すぐにいつもの無表情に戻り


「名前はまだ無いわ」


とだけ言った。……ひょっとしてそれはギャグで言っているのか?


「へ、へえ……そうなんですか」


 猫の名前を切り口に会話を広げようとしていたであろう藍香が困惑の表情を浮かべる。須藤もあははは……と困ったように笑う。


「それじゃあ飼い始めたばかりとかですか?名前つけるならどんなのがいい……とかあります?」


 藍香は諦めずに新しく質問を切り出す。それにしても面倒臭がりで人との交流をあまり好まない姉と兄を持っているのに何故藍香はここまでコミュニケーション能力が高いのか。


「……そうね、くさや……とかいいかもしれないわ」


「え、えぇ……?」


「だってこの子臭いもの」


 くさやって干物のくさやの事だろうか。自分の可愛いペットにまさか干物の名前を付ける人がいるとは思わなかった。そんな人いてたまるか。


「もう、溝呂木さん……あんまり困らせちゃいけませんよ。この猫ちゃんは本当は『ユキ』って名前なんです」


「あっ……へ、へえ~そうなんですね、いい名前じゃないですか」


 何だか微妙な空気だな……とんでもなく居心地が悪い。このまま傍観していようかとも思っていたが流石に見てられない。


「悪い、俺達ちょっと忙しいからもう行く」


「え?別に忙しくないって……」


「いいから、行くぞ」


 それだけ言うと俺は須藤たちに軽く会釈だけして、藍香の腕を掴んでそこから離れた。


「もう、まだお話したかったのに」


「……お前が絡むとこじれそうだから止めたんだ」


「それにしても個性的な人だったね、あの人……美人さんだったけど」


「あの人はな……つまり、嘘しか吐けない体質なんだよ」


「何それ、そんな体質あるわけないじゃん」


 藍香はおかしそうに笑うが、実際そうなのだから仕方ない。何となく呪いの噂が外に漏れださない理由が分かった気がする。

 それから町を回っている間に日も暮れてきたのでアパート近くにある牛丼屋で飯を済ませて部屋に戻る。自分の足で長時間歩く事がほとんど無いから何だかひどく疲れた。藍香はというとまだまだ元気そうであるが。


「それにしても、この町……何も無いね」


「確かにな」


 結局町をほぼ一周してしまったわけだが、本当に何も無い。町一帯のほとんどが一軒家で占められていた。一応幼稚園に小学校と中学校はあるようだが高校は見当たらない。目立つ建物と言ったら小さめのスーパーマーケットぐらいだろうか。


「ま、お兄はほとんど外に出ないし関係ないか」


「まあな」


 一人暮らしを始めたとしても行動範囲はせいぜいここから徒歩一分の所までだろう。コンビニが近くにあるのが悪いのだ。あそこさえあれば生活には困らない。


「それに……あんな綺麗な人もいるし、お兄は満足してるんでしょ?」


「綺麗な人?」


「須藤さんだよ」


 須藤か、確かにテレビでもなかなか見ないほどの美人だ。でも、だから何だというのか。俺は彼女の内面を何も知らないしきっと今後も知る事は無いんだろう。俺はただただ見蕩れることしかできない。


「……つまんねー町だな」


「……それを面白くできるかどうかはお兄次第でしょ?」


「変わらねーよ。俺は何もしない。別につまんなくたっていいさ、めんどくせー事が起きなければ何だっていい」


「……お兄、昔はそんなんじゃ無かったのに」


「昔は昔だ、人は何かが起こればおのずと変わっていくんだからな。お前もいずれ分かる」


「何それ、えらそーに」


 確かに俺はあの時から変わった。自らが起こしたアクションで、だ。だがあの変化は進化だった。だから俺はその変化を受け入れた。しかしこの後、仮に俺に変化が起こったとしてそれが進化である保証は無い。俺は今の俺自身に満足している。ならばわざわざ変化という賭けに挑む意味など無い。


「……これが俺の呪いか?」


 変化を恐れ、変化ができない呪い。そう考えると何故だか妙にしっくりくる。そもそも、あの時俺が進化したなんて俺自身が勝手にそう考えているだけで、実際は退化なのかもしれない。思考も行動も放棄して……。だが退化したことで楽に生きられるのなら進化する必要なんてない。少なくとも、俺はそう思う。

 なんて、考えるだけ無駄だ。俺はもう考えることを止めたんだから……そして、俺は微睡みに落ちた。

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