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第2話 ようこそレンアイ荘へ

 そもそも何故俺がこの田舎町のボロアパートに住む事になったのか。これは単に姉が前に住んでいたからという理由だけでは無い。実はこのレンアイ荘にはとある噂があり……なんと名前通りここに住んでいると恋愛が成就するというのだ。

 ……なんてあまりにも馬鹿馬鹿しいし、俺ははなっから信じていないのだが……全くと言っていい程に色恋沙汰の無い俺を見かねた姉がここに住むように勝手に決めていたのだ。ありがた迷惑もいいところだ。大学生になるのを機に一人暮らしをしたいとは思っていたが、何だってこんな大して大学から近くも無い所に住まねばならんのか。もうちょっと良い物件はいくらでもあったはずだ。こんな所に住んでいては叶う恋も叶いやしない。

 とはいえ、どうやらこの恋愛が成就するという噂はそこそこ信憑性があるらしい。実際に姉自身もここに住んでいる間にある男性と結ばれている。そしてなんと既に子持ち。姉の話によると他にもレンアイ荘に住んでいる間に付き合い始めた人が何人かいるらしい。

 どうせ偶然だ、そう思いたかったが……実は少し期待している自分がいた。彼女いない歴イコール年齢な自分としては流石にそろそろ何かしらの展開が欲しいのだ。ぶっちゃけ、望み薄だが。


「よく来てくれたの、ほれお茶、飲みなさい」


「あ、ありがとうございます」


 俺はと言うと、大家さんの部屋のちゃぶ台の近くに適当に座っていた。床は畳だったり押入れがあったりという和室になっている。大家さんは見たところ八十は行っているであろうお爺ちゃんだ。何というか、想像通りの見た目である。


「ワシの名は磯崎勇蔵(いそざきゆうぞう)じゃ、お主は……えー……なんと言ったかの……」


「あ……青木藍斗です」


「おおっそうじゃそうじゃ、あの青木藍菜(あいな)の弟じゃったな」


 あの……ってのは何だ。うちの姉が何かやらかしたのか?


「ではとりあえず……色々とせねばならん事があるからの」


 そう言って磯崎さんは壁に引っかけられていた小さな鍵を取って俺に渡した。鍵に取り付けられている札には『201』と綺麗とは言えない字で書かれている。


「お主の部屋は書いておる通り201号室じゃ。階段を上がって一番奥の部屋がそうじゃ」


 俺は返事の代わりに小さく頷く。もう行っていいかとばかりに立ち上がると磯崎さんは慌てて静止する。


「まあ少し待て、まだ注意事項がある」


「注意事項?」


 注意というとあれだろうか、アパートがボロすぎるからちょっと跳ねると床が抜けるとかか。


「ここの向かいの銭湯は午後四時から日付が変わるまでの営業で年中無休じゃ。そして一階にあるカフェは午前七時から午後十一時までの営業じゃ。こっちも年中無休じゃの」


 アパートの中にカフェがあるなんて聞いたことが無い。しかしそれなら飯には困らなさそうだ。いや、やっぱりカフェというだけあってお高いのだろうか。この後落ち着いたら行って確かめてみるか。


「……注意事項ってそれですか」


「これはついでだから言っておいただけじゃ。本題はここからじゃよ」


 そう言うと、磯崎さんはちゃぶ台越しにぐいっと俺の方に顔を近付けてきた。さっきまでの穏和そうな表情から一変し、鋭い目つきに変貌する。


「ここの『噂』は聞いたことがあるかの」


 磯崎さんはさっきまでとは明らかに違うトーンで尋ねる。ただならぬ雰囲気に俺はつい身を引いてしまう。


「噂、ですか。噂っていうと……恋愛が成就するという」


「……お主の姉上からはそれだけしか聞かされておらんのか」


「はあ、そうですけど……」


「ならば、『呪い』の事は何一つ知らんのじゃな?」


「……呪い?」


 突然きな臭いワードが飛び出た。なんだ、恋愛が成就するとかいう噂だけでも充分怪しいと思っていたのに呪いだって?正直今すぐ別の場所に引っ越したいのだが。


「ここに住む者には一つ、ある呪いがかかるのじゃ」


「……それは例えばどんな」


「そうじゃのう……例えば、身体が成長しなくなってしまうとか……時間の進み方が普通の人より遅く感じるとかじゃな」


「……ははっ」


 何を言うのかと思えば、ただの老人の戯言か。そんな事があってたまるか。というか、あったとしたらとっくにネットとかで知れ渡っているだろう。


「笑ったのう?信じぬのか」


「当たり前じゃないですか。そんなのあり得ない」


「それがあるんじゃよ、ここにはのう。お主にも、いずれ分かる。既にお主にも何かの呪いがかかっているのじゃからな」


「はいはい、分かりました分かりました。話はそれだけですか?」


 俺は半笑いになりながら尋ねる。俺にも既にかかっているだって?何も無いじゃないか。さっき会った須藤にも呪いがかかっている様子は無かった。


「……全く最近の若者は……」


 俺は背中にお決まりの台詞を受けつつ、部屋から出た。さて、早いところ部屋に行って休もう。俺は重たいスーツケースを持ち上げて錆びついた階段を上っていく。えーっと、確か一番奥の部屋だったな。

 なかなか刺さらない鍵を何とかして鍵穴に押し込んで扉を開く。


「ここが俺の新しい部屋か……」


 人生十八年。ようやく誰からも小言を言われる事の無い安寧の地を手に入れた。部屋は大体実家の俺の部屋より少しばかり広い程度だが、一人で暮らすのだからこれぐらいが丁度いい。外見がぼろかったり大家が変人な事を含めても及第点だ。駅からもさして遠くないし、すぐ近くに銭湯があり、コンビニもほんの少し歩けば着く距離にある(さっき須藤と向かっている最中に見つけた)。そう考えるとなかなか良い場所である気がしてきた。

 スーツケースには最低限の荷物しか入っていない。というのも、この部屋にはかつて姉が使っていた家具が一部ではあるが放置されている。その為、既に小さなちゃぶ台だったり布団だったり冷蔵庫にテレビも用意されているのだ。

 部屋の中心に大の字に寝転がってみる。もう二時か……何だか急に眠くなってきた。このまま目を閉じてしまおうかとも思ったが……とりあえず最低限やるべき事だけやっとこう。

 俺は「めんどくせー」とボヤきつつスーツケースから三袋羊羹を取り出した。両隣の人と大家さんに渡せと母に無理矢理持たされたものだが、磯崎さんには今から渡す気が起きないし部屋も端だしで結局一袋しか使わない事になってしまった。まあ残りは俺が食うとしよう。

 などと考えつつ、俺は羊羹の入った袋を持って部屋を出る。隣の部屋……202号室……誰が住んでいるんだ?と表札を見ると、そこには『須藤』と書かれていた。


「須藤……って、まさかあの須藤!?」


 きっと『あの』須藤だろう。まさか隣の部屋とは思わなかった。ここまで可愛い人と出会えるなんて人生において稀だ。これだけでもここに越してきた価値があったというものだ。

 俺は内心ガッツポーズをしつつインターホンを鳴らした。すぐに扉の奥から「はーい」という声が聞こえ、扉が開いた。そこには思わず見とれてしまう整った顔をした、さっきと同じ姿の女性がいた。

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