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第1話 新たな場所

 かれこれ一時間は乗っているだろうか。俺は周りにほとんど人がいないのを良い事に大あくびをする。

 俺が今いるのは奥知(おうち)市行きの一両編成の電車の中だ。奥知市はなかなかの田舎らしく、既に人口の多い市は通り過ぎたので電車には俺含めて三人しかいない。それに俺以外は二人とも高齢の人だ。そりゃそうだろう、わざわざ春休みのこんな朝っぱらから、それもデカいスーツケースを持って田舎町に行く若者なんて俺以外にそうそういないに決まってる。

 

「まもなくー、奥知ー奥知です。お出口は左側です」


 車掌さんの変わったイントネーションのアナウンスが電車内に響く。「さてと」と呟いて重たい腰を上げる。電車は徐々にスピードを緩め、奥知駅のホームに停止した。

 俺は大量の荷物が入り破裂寸前のスーツケースを引いて電車を出た。ホームには俺一人。ここから乗る人は当然いないし、さっきの高齢者もここで降りるわけでは無かったようだ。

 俺は蜘蛛の巣が張り付いている自販機から百円のカフェオレを買い、そのままホームを出る。確かに聞いていた通りには田舎だ。少なくとも俺がついさっきまで住んでいた場所よりは。高いビルなどは当然なく、人通りもほとんどなく閑散としている。たまに通ったとしても大体が腰の曲がった老人だ。そこら辺に建っている一軒家も古臭いものが多い。


「っと、どこだったっけかな」


 俺はポケットから小さく畳まれた母特製の地図を取り出す。地図を広げてみたが……何だこれは、何もかも雑だ。方角はどっちがどっちだか分からないし、実際には交差点がある場所はただの真っ直ぐな道になっている。それに、目印に関しては目的地の周辺にしか書かれていない。こんな地図があってたまるか。

 果たして俺はこの町でやっていけるのか、と不安になりつつ俺は使い物にならない地図を乱暴にポケットにしまい、適当に歩き始める。どうせ狭い町だ。いつかは目的地に着けるはずだ。


「……迷った」


 あれから何十分経っただろうか。俺は見事に迷っていた。ここさっきも通った気がする。いい加減重たいスーツケース引いて歩くのも疲れてきた。缶の中のカフェオレも無くなってしまったし……と、そこで俺は公園を見つけた。遊具の多いまあまあ広い場所だった。幸いベンチもあったし暫く休憩しよう。


「よっこらせっと」


 とても若者が出してはいけないような声が漏れる。まだ朝早いからなのか公園で遊ぶ子供は誰一人いない。いや、最近の子供はゲームばっかやって公園では遊ばないのだろうか。まあ、そんな事はどうでもいいのだが。

 なんて考えていると、足音が聞こえることに気付いた。誰か遊びにでもきたんだろうか。と、俺は項垂れていた頭を上に向ける。そこには女性がいた。いや、ただの女性ではない。……可愛い。とてもこんな寂れた田舎町に似つかわしくない顔。それにファッションも可愛らしい。上はピンクニットで下はグレーのプリーツスカート。靴は歩きやすそうなスニーカーだ。散歩でもしていたのだろうか。


「こんにちは」


 彼女は更に可愛らしい微笑みを浮かべて挨拶してきた。


「あっ……えっ……」


 俺は情けない事に挙動不審になってしまう。しかし仕方ないだろう。普段から女となんて妹と母とぐらいしか話していない。それにこんな可愛い人とはそうそう話した事なんてない。


「こ、こんにちは」


 俺は相手に聞こえるか聞こえないかの声で返事する。折角いい人に出会えたが、残念ながら俺には女性と会話を続ける術を持ち得ていなかった。仕方なく俺は再び俯いた。だが、彼女は俺を逃がしてはくれず何を思ったのか俺の横に腰を下ろした。何だってこんな挙動不審な怪しい男の隣に座るのだろうか。田舎の女性は得体の知れぬ男にも普通に絡んでくるのか。恐ろしい場所だ……。


「こちらに越してこられたんですか?」


「え、どうして」


「だって、スーツケース持ってますし……それにここでは見ない顔ですし」


 彼女は微笑みを崩さずに俯き気味の俺の顔を覗き込んで尋ねる。近い近い、パーソナルスペースという概念は持ち合わせていないのか。


「あ、ごめんなさい。馴れ馴れしかったですよね」


 彼女はまるで俺の心を読んだかのように言って少し離れ、顔を少し赤して身体をすくめる。俺はその間に速くなった鼓動を何とかして整える。


「ああ、確かに今日ここに引っ越してきたよ」


「やっぱりそうなんですね。実は私もつい最近ここに越してきたんです」


「へー……」


 参ったな、話を続けられない。公園を安息の地とする予定だったが無理そうだ。仕方なく俺は公園から去ろうとしたが……待てよ。


「あ、あの」


「はい、なんでしょう」


「申し訳ないんだけど……道案内を頼めるかな」


 俺は迷惑だとは思いつつも、絶好の機会だとばかりに頼んだ。これを逃すと俺は延々とこの寂しい町を歩き回り続けるはめになりそうだ。


「道案内、ですか?最近来たばかりなので自信無いですけど……」


「知ってたらでいいんだ。レンアイ荘って場所なんだけど」


 その場所の名を言うと、彼女は目を丸くして驚く。何、何かヤバい場所だったの?有名な心霊スポットか、事故物件だったりするのか。


「あの、実は私、レンアイ荘に住んでるんですよっ」


「へー、そりゃ丁度いい」


「じゃあ案内しますね。付いてきてくださいっ」

 

 彼女はやけに楽しそうに、弾んだ声で言う。すごい偶然だ。まさかこんな可愛い人と同じアパートに住めることになるとは。

 俺が目指していた目的地というのはレンアイ荘の事だ。そして、そこは俺の新しい住処となる場所なのだ。俺は別にこんな町に住みたかったわけでは無いのだが、姉が昔レンアイ荘に住んでいたという理由で俺もそこに住まわされる羽目になったのだ。

 そして俺は言われるがまま彼女に付いて行くことになった。横に並ぶのは少し気が引けるので、少し遅れて。何故気が引けるかって、彼女と俺の身長がほとんど同じだからだ。別に俺の背はそこまで低いわけでは無いから、彼女の背が少しばかり高いのだろう。何はともあれ、女の人と目線の高さが同じなのはどこか居心地が悪い。


「私、須藤恋歌(すどうれんか)って言います。今度から大学生になるんです」


 彼女……須藤は後ろで手を組み首だけこちらに向けて言った。これは俺も名乗った方がいい流れだろうか。


「あーっと、俺は青木藍斗(あおきあいと)。俺も今度から大学生」


「そうなんですねっ、住む場所も同じで年も同じ……すごい偶然です」


 こういう時、会話の出来る奴は「そんな事は無いよ、これは偶然じゃない。必然であり運命なんだ」とか言ったりするのだろうか。いや、これじゃあただのキモい奴だ。

 しかしあの落ち着いた佇まいから俺より年上だと思っていたのだがまさか同い年とは思わなかった。……何だかますます自分が情けなくなる。

 それから須藤は色々と話しかけてきたが、俺は適当な返事しかできず、その間にいつの間にか目的地はすぐ目の前に来ていた。


「はい、着きましたよ」


「ここがレンアイ荘か……」


 何というか、想像通りな感じだった。三階建てのアパートで、外観はとてもじゃないが綺麗とは言えない。変わった所と言えば……一階にカフェらしき場所がある事と、玄関口に神棚のような物があるぐらいだ。


「ここまで来れば大丈夫ですね」


「ああ、道案内ありがとう。助かった」


「いえいえ、このぐらい当然です」


 そう言って、柔らかい笑顔のまま須藤はアパートの中に入っていった。

 さて、とりあえず俺はこの後大家さんと色々話をしなくてはならない。この先の俺の新生活、一体どうなるのか……不安だけが心の中に渦巻く中、俺は大家の部屋をノックした。

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