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放課後である。今日から部活見学が始まるそうで、明美は陸上部を見に行った。俺と真衣子は特に見たい部活も無いので、生徒会室に行ってみた。
生徒会室は東棟3階にある。扉をノックする。
「はいはい。今開けまーす」
中から知らない人の声がした。声色から察するに女性の様だ。
程なくして扉が開く。眼鏡を掛けた女生徒と積み上がった書類の山に埋もれて見えないが多分会長だと思われる人の2人しか居なかった。
中に入り、空いている椅子に座る。会長は俺たちが来た事に気付いた様で声を掛けてきた。
「おー。早速来てくれたか。狭くて悪りぃな」
「狭いのは会長が仕事溜め込んでるからですよー」
「この量を1人でやれってのがおかしいんだよなぁ……」
ボヤきながらもテキパキと仕事をこなしている。それにしても生徒会役員は2人だけなのだろうか。聞いてみよう。
「一ノ宮先輩。生徒会の役員って」
「ん?あぁ、俺とそこにいる篠宮と、あと2人いるぞ」
どうやら4人らしい。
「残りの2人は?」
「部活だよ。大会が近いらしいからな。抜けられねぇみたいでな」
という訳で今は2人らしい。因みに先ほど扉を開けてくれた女の先輩は2年C組の篠宮 睦美さんといって、佐久良高校生徒会の副会長を担っているとの事だ。語尾を伸ばした話し方をするが、意識してそうしているのではなく自然と伸びてしまうのだとか。
眼鏡を掛けていて、制服もきちんと着こなしているからお堅い人かと思ったが、ほんわかした人である。
「篠宮〜、手伝ってくんない?」
「もう全部目は通したんでー、後は会長の承認待ちですよー。ほら、手を止めないで印鑑押して下さいねー」
だが、会長に対しては物言いがキツイ。会長の態度がそうさせているのだろう。
「あ、お2人さんは会長に来いって言われたのかなー?」
「篠宮、人聞きの悪りぃ事言うなよ。興味があったら来てみろって誘っただけだよ」
「どうだかー」
会長は副会長の尻に敷かれているのが今までのやり取りで良く分かった。中々に苦労している様だ。
「篠宮先輩。生徒会には見学に来ただけです。どんな感じなのか、気になったので……一応会長には誘われましたが、強要はされていませんよ」
真衣子がスラスラと弁解する。会長には誘われましたがの辺りから会長を睨んでる様に見えたのは気のせいだと思いたいが……なんか前も睨んでた、よな?
ここではそんな事聞けないから後でにしよう。
「なるほどー。うーん、戦力確保には至らずって感じですねー」
「それは俺たちが戦力外だと?」
「実質戦力は私だけですしー。ていうか喋ってないで手動かして下さーい。この子達の相手は私がしますからー」
仕事に追われる会長を尻目に篠宮先輩はお茶を淹れてくれた。
「君達の名前聞いてなかったー。教えてくれるかなー?」
「葉山修平です」
「加藤真衣子です」
「修平君に真衣子ちゃん……うん。覚えたよー」
ほんわかし過ぎているせいで本当に覚えたのかイマイチはっきりしない。
「篠宮先輩、見た目と違ってだいぶ緩いですね」
失礼に値する発言だったかもしれないと思ったが、篠宮先輩はニコニコしている。
「良く言われるよー。でもー、これには厳しいからー」
「おい」
いや、やっぱり恐ろしい人なのかもしれない。
それから暫く篠宮先輩と雑談をして、生徒会室を後にした。
帰り道、真衣子がふと呟く。
「私、生徒会に入ろっかな」
「俺も入ろうと思ってた」
決して会長に同情した訳ではない。
「生徒会に入っとけば何かと有利じゃない?」
「確かに」
進路にも影響しそうだな。有利になるならば入っておきたいし、新しい事にも挑戦していきたいので丁度良いだろう。あの会長の元で働くのは大変かもしれないが、真衣子も居るし何とか……
(それが駄目なんだってのに……)
一度、深呼吸。
「やっぱりちょっと考えてみるわ」
「お。ようやく私から離れるって考えになった?」
「頼り過ぎは良くないからな。生徒会に入るにしても真衣子には世話焼かせないよ」
俺自身が成長する良い機会だ。じっくり考えて決めるとしよう。
空を見上げてみる。今日も綺麗な夕焼け空だ。反射した光が道をオレンジ色に染め上げる。
その中を真衣子と2人歩く。幸せな時間がゆっくりと流れていく。
これからもずっと、変わらない日常を過ごすのだろう。
そう、思っていたのに。
違和感を感じた。
何かが、おかしい。
「……」
真衣子は険しい顔をしている。
ここは俺たちが暮らす佐久良町で間違いない。目の前に広がる景色は見慣れた佐久良町で間違いないのだ。
では、【あれ】は何だ?
道の真ん中に浮かぶあの【黒い塊】は一体何だ?
「あれには絶対に触らないで」
忠告されずともあれが現実の物で無いことは分かる。危ない物だとは分かる。
夢の中であの黒い塊を俺は見ている。同じ物だとするならー
やがてその塊は大きく広がり、幕へと変貌する。
「修平君、真衣子さん、離れて!」
背後から声がした。振り向くと神崎が立っていた。取り敢えず神崎の言う通りにする。
「まぁ、大丈夫かな……」
神崎は小さな声で何か言っているが聞こえない。やがて黒い幕が神崎を覆う。完全に呑み込まれた。
尚も黒い幕は広がり続ける。
その中で微かに音がする。
黒い幕に隙間が現れる。神崎の姿が少しずつ見えてくる。
やがて、黒い幕は霧へ変わり霧散していった。
「ふぅ。これで問題なし、と」
「……神崎」
「危ないところだったね。あれがこんなに早く現れるなんて予想外だった」
「神崎、あれは何だ?お前一体何をした!」
「……それを答える前に、とある異世界の話をしなきゃなんだけど」
異世界は確かに存在すると神崎は言っていた。
俺は今、現実では有り得ない物をこの目で見た。ならば、神崎の言葉を信じてみるべきじゃないのか?
本当に異世界とやらがあるのならば、俺はそれを見てみたいし行けるのならば行ってみたい。
「……それは危険な考えだ、修平君」
「!?」
口には出していない。だが、神崎は俺の考えを読んだかの様に言葉を紡ぐ。
「何の策もなしに足を踏み入れるのは良くないんだ。僕はその策を練っているところでね」
「策……?」
「立ち話も何だし、落ち着ける場所で話そうか」
神崎は歩いていく。俺と真衣子もその後に続く。
得体の知れない物体、異世界、そして神崎自身。知りたい事は山程ある。
だから今はとにかく不服だが、神崎に従うしかない。
日常は既に崩壊している。
平穏無事に過ごしたいという願いは今日潰えたのだった。




