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買い物を終え、途中で真衣子の家に寄り買った物の整理を手伝い家に帰る頃にはすっかり日が暮れていた。
美鈴には予め遅くなると連絡しているので、小言を言われる事はないだろう。それよりも今はー
あの男が気になる。ベンチは幾らでもあったのにわざわざ俺の隣に座ってきた理由。それと何故俺の名前を知っていたのか。
ここ2年間ではあの男に会った記憶は無い。それ以前に会っていたとなれば知り合いではあるのだろうが……
「1-Aって言ってたよな……」
明日、あの男と話をしてみよう。多分それが一番早い。
翌日。金曜日の放課後である。俺は昨日会ったあの男との接触を図った。今日を逃すと土日をモヤモヤした気持ちのまま過ごさなければならないからだ。それは嫌なので、何としても会わなければならない。
が、1-Aの教室にあの男の姿は無かった。生徒に聞こうにも俺はあの男の名前を知らない。一方的に知られているだけだ。
まぁ、でも居ないものは仕方が無い。また出直そうと思った、その時。
あの気持ちの悪い視線が俺に突き刺さるのを感じた。
汗が顔を伝う。少しだけ身体が震えるのが分かる。
(くそっ……!)
俺は耐え切れなくなり振り向いた。不快感が一瞬にして消える。体の震えも止まった。
振り向いた先にはあの男が立っていた。気持ちの悪い視線の正体はこいつだった訳だ。段々腹が立ってきた。
ここはビシッと言ってやる。
「やあ、修平君。ごめんね、席外してたんだ。何か用かな?」
「お前何で俺の名前を知ってる?それと昨日わざわざ俺の隣に座ったのは何か理由があるのか?」
「……場所を変えよう。聞かれたくない事もあるだろうからね」
そう言い放った男は鞄を持ち、俺の前を歩いていく。何処へ行こうというのか。
とにかく付いて行くしかないな。
俺は奴の後に続き、屋上にやってきた。海からの風が吹く屋上は佐久良町一帯を見渡せる。自然溢れる佐久良町の景色はいつ見ても癒やされる。
だが、今日は奴のせいで癒やされるも糞もない。
「ここなら大丈夫だね」
「で、さっきの質問の答えは?」
俺はそれだけ知れればいいんだ。
「えっと、どうして隣に座ったのかと、名前を知ってた理由……だよね。隣に座ったのは、君とお近付きになりたかったから。名前を知っていたのは……あ、そっか。君は確か記憶を失っているんだっけ?」
「……2年間の記憶しかないよ」
こいつ、俺の記憶の事まで知ってやがるのか。
「となると、彼女の事は記憶に残ってないのか……因みに月宮って名字に心当たりは無いよね?」
「ねぇよ」
そう答えると、奴は手を頭に当てて溜息を吐いた。いや、溜息吐きたいのは俺の方なんだが。
「説明が難しいけど、君の名前は僕の知り合いから聞いていたんだ。写真も見せて貰ったから直ぐに分かったよ」
奴の知り合いは俺の写真まで持っているらしい。深い仲、だったのだろうか。
「そうか。で、お前は?」
「僕は神崎 綾人。改めてよろしく、修平君」
神崎はそう言って手を差し出してくる。俺は握り返さない。信用出来るかどうか判断に困るので、これからのこいつの動向で関わるかどうか決めようと思った。
「……いや、普通に怪しいしよろしくも何も無いんだが」
「まぁ、確かに怪しいよね。当然だと思うよ」
神崎は屋上の手摺に身を預ける。空を仰ぎながら語り出す。
「修平君、君は異世界という物を信じるかな?」
あ、こいつ、ヤバい奴なんじゃないか?いきなり異世界とか馬鹿じゃねぇの?と口には出さない。
「信じない。俺はこの目で見た物、体験した物しか信じない」
「……成る程。それも1つの答えだ。うん。君とは仲良くなれそうだよ」
神崎は俺に笑顔を向けてくる。何こいつ意味が分からん。俺は仲良くなれそうもない。ていうか関わりたくなくなってきた。
「修平君にも何れ分かると思うよ。異世界は確かに存在するんだ」
「……」
返す言葉も浮かばない。神崎が想像以上に頭のおかしい奴だと分かったので、積極的に避けていこうと誓った俺なのであった。
土日は何事も無く過ぎ、月曜日。今日から本格的に授業が始まる。教科書は先週購入したので時間割を確認して、忘れずに持っていく。
真衣子と待ち合わせをして、学校に向かう。
「修平、なんか機嫌悪くない?」
「あー……ちょっと、な」
神崎との一件が糸を引いているのだ。あいつは接触を試みる筈だ。俺としてはそれを避けたい。だが、この前連絡先を半ば強引に交換させられたのだ。
呼び出される可能性も視野に入れておかねばならない。本当に憂鬱だ。
「頭のおかしい奴と知り合いになってな。隣のクラスなんだよ、そいつ」
「で、何で不機嫌なのよ?その人が原因なの?」
「異世界がどうたらとか言ってた。で、連絡先まで交換させられた」
「うわぁ……」
余程の事じゃない限り引かない真衣子でもこの反応だ。神崎は世間一般とは明らかにズレている。
そんな奴と仲良くしたら俺までおかしくなってしまう。
だから絶対に関わらない様にしようと決意したのだがー
「やあ。修平君」
「……」
不覚だった。まさか、教室の前で待ち伏せているとは思わなかった。
俺は無視して教室に入る。真衣子も後に続く。
朝から嫌な気分だ。こちらとしてはいい迷惑だというのに、神崎は悪びれもなく教室に入ってくる。
「お前のクラスじゃねぇけど」
極力、目を合わせない様にする。
「どうして、僕を避けようとするのかな?」
「お近づきになりたくないからに決まってんだろ」
「あれ?もしかして神崎君?」
突如、割って入った真衣子の言葉に俺は思わず振り向いてしまう。
「覚えていてくれた様で何より」
「大人っぽくなったね」
「そうかな?」
我に帰る。意識がどっかに飛んでいた。
「真衣子、知り合いなのか?」
「……知り合いって程じゃないよ」
答えるまでに間があったが、気にせずに今度は神崎に聞く。
「何処で知り合った?」
「それは言えないかな」
「は?」
つい声を荒げてしまった。人を苛つかせる態度の神崎が悪いのだが。
「とにかく僕と真衣子さんは知らない仲ではないって事さ。という訳だ。君とも仲良くする理由はあるよね?」
「……お近づきになりたいってそういう事かよ」
いや、本当に苛つくしぶん殴りたいし、俺の嫌いなタイプだが……真衣子と知り合いだというのなら、仕方がないか。
「分かったよ。宜しくな、神崎」
「宜しく、修平君」
「おっはよ〜!」
俺と神崎が握手を交わした絶妙なタイミングで教室に入ってきた明美が俺たちを見るなり、駆け寄ってきた。
「修平?この人は?」
「隣のクラスの神崎だ。友達になった。ちょっと頭のおかしい奴だから気を付けろ」
「ほほう。神崎君かー。あたしは澤村明美。修平と真衣子とは中学からの同級生なの、よろしくね」
「よろしく、澤村さん」
神崎は明美とも握手を交わす。物怖じしない明美の性格だ。神崎とも直ぐに打ち解けるだろう。
俺は暫く悪態をつきそうだが……
もうすぐHRが始まるので、神崎は自分のクラスに戻っていった。朝からドッと疲れた。まだ1日は始まったばかりだというのに、いやはや平穏無事とはいかない様だ。




