4話・騎士ヴァルゴ
衛兵に見つからない様に暫く歩き、中心部に辿り着いた。
チラホラ剣を携えた衛兵が目に入る。それに魔狼と思わしき姿も確認出来る。皆は周辺の建物の屋根や路地裏に潜み、城へ近付ける機会を窺う。
俺とフェリアとロベルトも近くの建物の屋根に登る。そこからは王都のシンボルとも言える城がみえる。
だが、その一方でー
「……ひでぇ臭いだ。吐きそうになる」
城の周りに人だった物体が幾つも積み上がって、異臭を放っている。こんな物が放置されている時点で常識は壊れている。これを生み出したのは紛れもなくあの城に居る王だ。
狂っていると、そう思った。
「私の仲間達もあの山の中に居るわ。皆、私の目の前でー」
「……嬢ちゃん」
「ごめん。こういうのは、全部終わってからにしないとね」
どれほど辛かったのか俺には知る由も無い。でも、それでも彼女は立ち上がったのだ。
「さて、そろそろ仕掛けましょう」
フェリアが合図を出す。
隠れていた皆が一斉に城門を目掛け走り出す。俺たちも屋根から飛び降り、目的地を目指す。
「……?」
おかしい。
衛兵達や魔狼が襲って来ない。
気付いてはいる。だが、近付いて来ない。
「フェリア!」
俺は前を走るフェリアを呼び止める。
「どうしたの?シュウ」
「……何かおかしくないか?俺たち、もしかして誘い込まれてー」
遅かった。既に周りを衛兵や魔狼に取り囲まれていた。退路は塞がれている。
「反乱する民は粗方処刑した筈だったのだが……まだ居たとはな」
路地から衛兵よりも豪勢な鎧を身に付けた男が出てきた。後ろに数十人程同じ鎧を着た奴等も居る。
「さて、貴様らは我々に取り囲まれている訳だが……どうするね?」
逃げる事は出来ない。ならば戦うしかないが、皆動かない。
やがて、ロベルトが切り出す。
「あんた、何者だ。初めて見る顔だけど」
「処刑される貴様に言う必要があるのか?」
「そりゃ、ごもっとも」
「それだけか?ではー」
その時俺は見た。ロベルトと対峙する男の斜め後ろにフェリアが現れたのを。
そしてその手にはロベルトの剣が握られている。
剣先が男に届くー
「ヴァルゴ様!」
すんでのところで男の近くに居た衛兵に防がれてしまった。
フェリアはロベルトのとこまで戻り、剣を手渡す。
「私には扱いきれないわね、やっぱり」
「あのヴァルゴとかいうのは俺と少年に任せて、他の衛兵共を頼む」
「分かった」
ヴァルゴと呼ばれた男とその他数十人と相対するのは俺とロベルトだけとなった。
「は!?おい!!ロベルト!」
「すまん。正直俺一人じゃこの人数は厳しい。手伝ってくれ」
まぁ、それはそうかもしれない。だが俺が剣を手にしたのは今が初めてなのだ。果たして扱えるのか。
「……ほう?我々に抗うのか」
「残念ながらお前達のやり方にはついていけねぇんでな」
「そうか。ならばここで散れ」
ヴァルゴが剣を抜く。それだけで一陣の風が吹き荒れる。
対してロベルトは剣に炎を纏わせる。
「……何だそれは?」
騎士とはいえど魔術に対しての知識は持ち合わせていないらしい。
「あんたに説明しても分からんだろうし、取り敢えずー」
ロベルトがヴァルゴの真上へ跳ぶ。俺は何とか目で追えるが、大半が見失っただろう。
その隙に俺も敵の懐へ潜り込む。
呆気にとられている衛兵達を手当たり次第に斬っていく。
「一発喰らいやがれっ!!」
ロベルトの剣が炎の渦を生み出す。何人かの衛兵が飲み込まれた様だが、そこにヴァルゴの姿は無い。
奴が居るとしたら、
(そこだ!)
移動術を使い、一瞬でロベルトの背後へと跳躍する。が、先程フェリアの剣を防いだ衛兵が立ちはだかる。
ロベルトが剣を振るう。炎が衛兵の視界を遮る。
位置は把握している。再び跳躍し、ロベルトの真後ろへと回りこむ。
「……中々面白い剣術だ。しかし無駄だったな」
剣が振り下ろされる。ロベルトは振り向かない。くそっ!防げって事か!
「ぐっ!!」
「お。ナイスだ少年」
「……こいつ、何処からっ!」
ギリギリで防いだが、押し負けそうだ。長くは持たねぇぞ。
「さて、騎士様は魔術の存在を御存知かな?」
「講釈など垂れている場合か」
「ふーむ、知らない様だねぇ。分かりやすく言おうか。魔法だよ魔法」
「……魔法?貴様のその剣の様な?」
話なんかしてるんじゃねぇよ!そろそろ限界だぞ!!
「そうそう。炎を纏わせたり、水を生み出したり、風を吹かせたり、その他にも色々あるんだぜ?という訳で、だ。少年、騎士様から離れろ」
「は?」
「いいから離れろ」
言われた通りに離れる。いつの間にかロベルトの剣が大剣へと形を変えていた。
「さて、俺の魔術の真髄をお見せしよう」
「……魔術だか魔法だか知らんが、我が宝剣は貴様など一瞬でー」
次の瞬間、炎の竜巻がヴァルゴ諸共、衛兵達を呑み込んだ。
騎士ヴァルゴはロベルトが放った竜巻に呑み込まれた。
未だその竜巻は渦を巻いている。
対象を焼き尽くすまで消えないとロベルトは言ったが……
「衛兵達が襲ってこないの何かありそうなんだけど……」
そう。ヴァルゴの配下の衛兵達は炎の竜巻をじっと見つめているのだ。敵である俺たちを無視して。
「シュウ!ロベルト!大丈夫?」
敵を一通り排除し終わったのか、フェリアが戻って来た。
「ん?嬢ちゃん。そっちはもういいのか?」
「それが不可解なのよ……」
路地を塞いでいた衛兵と魔狼がフェリア達を無視し立ち去ったという。
「何だそりゃ。衛兵さんのやるこたぁ分かんねぇな」
「衛兵独自の判断では撤退なんて出来ない。勝手にしたとなれば、ロズウェルが黙ってない筈よ」
「だとしたら、ロズウェルが命令を出したって事になるな……ん?」
そこで気付く。王都中心部に存在する城。撤退するならば城に向かうのではないのか。
「まさかー」
突如、竜巻が割れた。暴風が吹き荒れる。消え去ったのではない、割られたのだ。
そして、男の声が響く。
「これが貴様の魔術とやらの真髄か?だとしたら舐められたものだな」
焼き尽くされた筈の騎士・ヴァルゴが無傷で立っていた。巻き込まれた衛兵は灰になっているというのに。
魔術を使える筈は無い。宝剣とやらに秘密があるのか……?
「……へぇ、騎士様は一筋縄じゃいかないみたいだねぇ」
軽口を叩くロベルトだが、明らかに動揺している。この展開は予想していなかったのだろう。
「王から撤退命令は出ているが……私に楯突いた貴様らは生かしておけない。全員葬り、王への供物としてやろう」
宝剣を低く構えるヴァルゴ。
(……!?)
微かに音がする。それは宝剣が放つ音か。バチバチと唸りを上げている。
「……まずいな、デカイのが来る」
「ここから逃げるのが最善ね。撤退よ」
フェリアは皆に伝えに行こうとする。だがー
「小娘を逃すな」
衛兵に囲まれる。退路は塞がれた。
「嬢ちゃんなら念話で伝えられるから大丈夫だ……他の皆は逃がせる」
だがフェリア自身は逃げられない。
「……どうするんだよ」
焦りが募る。ヴァルゴの宝剣の一撃をまともに喰らえば確実に死ぬ。魔術は前例を見る限り通用する可能性は低い。
やはり、あの宝剣をどうにかしなければ勝ち目は薄い。
ロベルトが剣を振るう。
「無駄な足掻きだ」
炎は鎧に当たる前に消失した。
にも関わらず、二発目を放つ。先程と全く同じ結果になった。
風の刃を放つ。これもまた同じ。
雷撃も水流も果ては石や土さえも。
「なるほどねぇ……」
勝手に納得し出すロベルトだが、俺にはよく分からない。
「最後に言い残す事はあるか?」
「そこまで情けをかけて下さるとは騎士様もお優しいこって。ときに、その鎧。あらゆる物を吸収する力でもあるのかい?」
「王から直々に頂いた特別製の鎧なのでな」
否定はしていない。つまりは全てを吸収する鎧らしい。だから竜巻を吸収して生き延びていたのか。幾ばくか時間があったのは宝剣を使ったからだろう。
「少年。ちょっと酷な話するけど良いか?」
「何だよ」
ロベルトが耳打ちしてくる。
「……ふざけんなよ!!」
こいつ何て事を言いやがる。流石に無理だぞ!
「大丈夫だ、俺が保証する。後で殴られても構わねぇよ」
半殺しにしてやると心の中で悪態を吐く。まぁ、でもこの役割を果たす事が最善なら、やってやるしかないよな。
嫌だなぁと思いながらも剣を振りかぶり、ヴァルゴの元へ駆ける。狙いはロベルトと俺から、俺一人へと変わる。
「わざわざ斬られに来たのか?ならば、喰らうがいい。我が宝剣の一撃をー!!」
宝剣が突き出される、その一瞬。
その一瞬を狙う。
紫電が生み出され様としている。その剣先に触れる。
ピシッと音がしたのを聞いた次の瞬間、雷撃が放たれた。
「良くやった、少年」
彼は心の底から称賛する。物怖じせずに葉山修平はあの騎士の懐に飛び込んだ。その勇気に敬意を表した。
「犠牲にはしないから安心しな」
彼は、誰にともなく呟いた。
「……何だと」
ヴァルゴの宝剣は粉々に砕けていた。どうやら上手くいったらしい。
全く無茶な事を言い出すもんだ。一回死ねって何だよ……
「帰って来たな、少年」
「……お前、ほんっと許さねぇからな!!」
ヴァルゴは呆然と立ち尽くしている。衛兵達も同じくだ。その隙にフェリアは包囲網を抜け出した。
地面に散らばる欠片は宝剣だった物だ。いやはやぶっつけ本番で使えたのは良かった。
最初に転移させられ衛兵に襲われた時、剣を折ったのは俺の魔術だったのだ。あの時の魔術を宝剣に当て、破壊した。
で、その後俺は雷撃に撃たれ一度死んだ。
「シュウが魔術を使って、雷撃に撃たれたのは見ていたけど……」
「少年が死んだっつう事象を捻じ曲げてやった。禁忌とされる術を使ったから……多少の代償は払わなきゃならねぇが、まぁ無事なら何よりだな」
「代償って?」
外見上は先程と全く変わらないが……何を代償にしたんだ?
「ん、あぁ、寿命かな」
「お前……」
「いやいや、気にするこたねぇよ。たかだか1年縮まっただけだ」
「……」
フェリアは黙ってロベルトを見つめている。
それほどに強力な術なのだろう。死んだ事実を無かった事にする位なのだから。
「……我が宝剣が、貴様らなんぞに」
怨嗟の声が響き渡る。血相を変えたヴァルゴがフラフラと歩きながら、砕けた宝剣を振りかぶり近付いてくる。
「少年、鎧も壊してやれ。そうすりゃ諦めんだろ」
俺の魔術はヴァルゴの鎧に効くのだろうか。分からないが取り敢えず触れてみる。
鎧にピキッとヒビが入り、バラバラと砕け落ちていく。
「…………」
騎士ヴァルゴは膝から崩れ落ちた。宝剣の残骸が音を立て地面に落ちる。
その瞳は虚空を見つめていた。
「さて、ヴァルゴさんよぉ。ロズウェルの野郎だが……城にゃ居ねぇだろ。何処にいる、さっさと吐け」
ロベルトとフェリアも気付いていたらしい。あの城は先代の王が居た城だ。フェリアがそう話したのを覚えている。俺たちは先代の王亡き後の城にロズウェルが居るという前提で動いていたのだ。だが、それは間違っていた。
今回の作戦はロズウェルに俺たちの大体の人数と魔術の存在が筒抜けになっただけで、結果的には失敗である。
「……中心部では無いとだけ言っておこう」
「そうかい」
「……愚王の城など、我が王には相応しくないのでな」
その言葉を聞いたフェリアが、ヴァルゴに今まで見せた事の無い顔で剣を向ける。怒りや憎しみ、そして悲しみが入り混じった表情の様に見えた。
「訂正しなさい。お父様は愚王じゃー」
「止めとけ、嬢ちゃん。剣を向けるべきはロズウェルの野郎だろ」
「……そうね」
フェリアは剣を下ろす。
「さて、衛兵達は全員撤退したみたいだし、残ってんのはこの騎士様だけだけど、どうするよ?」
ヴァルゴは目を瞑り、呟く。
「……貴様らの存在は既に我が王が認知した。只では済むまい。私以外にも大勢の騎士が仕えている。貴様らに勝ち目があるとは思わない事だ」
赤い光がヴァルゴの左胸の辺りに浮かび出す。
その光は杭へと形を変えていく。
「……時間の様だな。では、さらばだ。哀れな反逆者よ」
赤い杭が左胸に突き刺さる。一度血を吐いて、それから騎士ヴァルゴは動かなくなった。




