8話・キルシュバウム王国
目が覚めた。少し怠いが痛みは消え去っている。身体を起こす。学生服のまま眠っていたらしい。
脚に傷は無い。ロベルトの治癒のお陰だろう。
そういえば右腕は、どうなっているのだろう。恐る恐る視線を移す。
「あれ……?」
あの時確かに切り飛ばされた筈の右腕が存在していた。
これも治癒のお陰か?いや、ロベルトは気休めと言っていた様な気がする。
流石に千切れた腕までは治せないだろう。だとしたら……
「何で治ってんだ?」
切断された場所には傷一つ無いし、腕を振り回しても痛みが無い。ここに来た時と同じ状態な訳だ。
まぁ、腕は無事だから良いとして。いや、良くはないのだが考えたところで、この世界は俺の住む世界とは違うのだ。説明の付かない事も起こるのだろう。
で、ここは何処なのだろう。森林の中に居るような気分だ。部屋の内装が木で出来ているからだろう。
それにしてもかなり大きな部屋だ。俺が寝かされているベッドに、ソファにテーブルにその他にも様々な家具が置いてある。窓からは城が見えるが、彼処が王都なのだろうか。城からこの建物までかなり距離があるのが分かる。
王都から離れた何処かの町、または村に連れて来られたというところだろう。
ベッドの脇には小さい台があり、そこに透明な液体が注がれたコップが置いてあった。
「水……だよな?」
匂いを嗅いでみるが無臭だ。異世界にも水はあるだろう。多分、飲んでも害は無い筈……!
「……ごくっ」
うん。ただの水だな。
「あれ?起きたのかい?」
丁度飲み干したところで、ロベルトがやってきた。西洋ガンマン風の服装ではなくラフな格好だ。
「あぁ。助かったよ」
「気分はどうだい?傷は塞がってると思うけど」
言葉が通じなかったらと考えると笑えないが、通じている様なので一先ずは安心だ。
「悪くない」
「ん。何より。じゃあ、フェリア嬢ちゃんを呼んでくるから待っててくれ」
と言い残しロベルトは部屋から出て行った。
手持ち無沙汰になったので、部屋の写真とか景色とかを携帯に収めておこう。佐久良町に戻った時に真衣子達に見せる為に……って、戻れるのか?俺。
入ってこれたのだから出る事も出来ると信じたい。
まぁ、今はとにかくこの異世界の事を知るのが大事だ。
部屋は……まだ出ない方がいいよな。フェリアが来るまで待つとしよう。
ボーっと外を眺めていると、澄んだ声が耳に届く。その声の方に視線を移すと、フェリアがこちらに歩いてきた。
「傷は大丈夫ですか?」
そう言いながらベッドの脇の椅子に座る。青い髪が太陽の陽に照らされて輝いている。素直に綺麗だと思った。
「ロベルトの治癒のお陰で何とか。えっと、フェリア……さん?」
初対面だし呼び捨てはマズイ、よな?
「それなら良かったです。あと、フェリアで構いません」
上品に笑うフェリアに少しドキッとした。可愛さのせいだ。可愛すぎるからいけないのだ。
まぁ、俺は真衣子の方が大事だし、恋に落ちるなんて事は無いが。無い、と思いたい。
「とにかく助かったよ。もう少しで死んでた」
あれだけ血を流していたのに、意識を保っていられたのは死にたくないと抗っていたからだ。あんなところで死ぬのは間違いだと自分の中でそう決め付けていたからだ。
「そういえば貴方の右腕……衛兵に斬られていた筈では?」
フェリアが俺の右腕を眺めながら尋ねる。確かに斬られたが、今は元に戻っている。
「痛みも無いし普通に動くから気にしないでくれ」
「貴方がそう言うのであれば」
「それよりもここは何処なんだ?」
まずはこれを聞いておかねば。神崎と絵梨奈はアンダーグラウンドと呼んでいたが、違う可能性もある。
「ここはキルシュバウム王国の外れにある村です」
キルシュバウム王国……?
「国って事は他にもあるのか?」
「えぇ。キルシュバウムはガルシア大陸にある国の一つです」
どうやら他にも国はあるらしい。
「なるほど……」
「あ。そういえば名前を聞いていませんでした。何と呼べば……」
俺は軽く自己紹介をする。フェリアは難しい顔をしている。
「ハヤマ……シュウヘイ……珍しい名前ですね。呼びにくいのでシュウで良いでしょうか?」
「ああ。ていうか敬語じゃなくていいよ、堅苦しいから」
距離を縮めておくのも大切だ。フェリアは頷く。
「じゃあ、敬語無しで。シュウは何処から来たの?キルシュバウムの人間じゃないみたいだけど」
いきなりフランクになったぞ……いや、多分こっちがフェリアの本性なのかもしれない。
しかし、どう説明したものか。
「あー……東の果てから」
凄く苦しい説明になってしまった。まぁ、間違いはないと思う。
「東の果て……それなら私が知らないのも間違いないわね。まぁ、いいわ。キルシュバウム王国についての話、続けるわね」
それからフェリアはキルシュバウム王国は残虐非道な王が支配しており、逆らう者は処刑されると話した。その方法もギロチンやらアイアンメイデンやら四肢をそれぞれ馬に引っ張らせたりとか腸を引きずり出したりとか、様々らしい。まるで中世のヨーロッパみたいだ。
王都には殺された民の死体が山の様に積み上がっていて異臭を放っているという。荒れに荒れ果てた場所であるらしい。
だが、昔からという訳ではないのだという。先代の王の統治下の時代は、活気付いていて王都やそれ以外の村や街も秩序が保たれていたそうだ。
それが先代の王が死んでから、一変した。
「今の王、ロズウェル・クロワードは民を殺す事すら厭わない。キルシュバウムは腐ってしまった」
「……」
「この村に居る民は王都から逃げてきたの。村の場所は王や衛兵達は知らないから見つかる心配は無いけど、時間の問題かも。それに先代の王が居たあの城も今はロズウェルの物になっている」
何となくキルシュバウム王国の事が分かってきた。整理するとロズウェルとかいう王がやりたい放題やっているって事だな。
「フェリアはどうして王都に?」
「黒い柱が現れたから」
黒い柱だって?俺がここに来た時か。
「その場所に行ったらシュウが衛兵に殺されそうになってたから助けたの」
「そうだったのか」
「お2人さん、お楽しみのとこ失礼するよ」
割り込む声。ロベルトが部屋に入ってきた。口調こそ軽いが、飄々とした雰囲気はなりを潜めている。
「ロベルト、どうしたの?」
「バートリーがお客人に会いたいって」
「あいつ、帰ってたのね。あまり会わせたくはないけど……」
「とにかく、バートリーの部屋に行こう」
和やかな空気が少しだけ引き締まる。バートリーとは一体何者なのか。会わせたくない理由とは何なのか。
それは、直ぐに分かる事になる。




