7話・激動の1日目
「ん……?」
まず最初に感じたのは地面の冷ややかな感触だった。何で俺は地面に横になっているんだという疑問は置いておいて、身体を起こす。
薄暗い路地裏で眠っていたらしい。周りを見渡す。煉瓦造りの建物が立ち並んでいる。明らかに佐久良町の建物、というか日本の建物ではない。
「ここは……」
アンダーグラウンド内部なのだろうか。いや、まだ確証は持てない。ここは確かめるべきだろう。
ゆっくりと立ち上がる。呑み込まれはしたが外傷は特に無い。ズボンのポケットには財布と携帯は入っているだろうか。落としたという可能性もあるかもしれない。
ポケットを漁る。財布と携帯が出てきた。近くには鞄も落ちている。
「だよなぁ……」
携帯の画面には無慈悲な圏外の表示。写真撮影ぐらいには使えそうだが、それも無限では無い。
「充電器とか、無いだろうなぁ……」
そしてお金も使えないだろう。つまりは一文無しである。
鞄の中は筆記用具と教科書と課題。筆記用具は実用性ありそうだ。
そもそも異世界って言葉通じるのか?
……なんかもう詰んでる気がする。
ここに居てもしょうがないので移動しよう。
鞄を右手に持ち、肩を落としながら、路地裏から太陽の光が射す道へー
そこで宙を舞う人間の腕を見た。
学生服を纏い、鞄を持った腕だ。
引き千切られた腕は鮮血を撒き散らしながらクルクルと、くるくると。
「あ」
あれは、
俺の、腕……?
そう脳が認識した瞬間、
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
理性が、弾け飛んだ。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ誰か助けー」
焼けるような痛みが全身を襲う。視界が赤に染まる。ただ叫ぶ事しかできない。地を這う事しかできない。
「やはり、異国の民だったか」
声が聞こえた。霞む視界に鎧らしき物を身に付け、血に濡れた剣を持つ男が現れる。
「たす、け……」
その男に助けを乞う。
血が止まらない。血がトマラナイ。
死にたくない。死にたくない。死にたくー
「……」
男は無言で俺の脚に剣を突き立てる。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”」
血を吐きながら絶叫する。息が苦しい。身体中が痛い。何なんだこいつ。
俺は何もしてないだろう。
気が付いたらここに居ただけなんだ。
何で殺されなくちゃならないんだ。
こんなのは、
『間違っている』。
「さらばだ。異国の民よ」
剣が俺の首を目掛けて振り下ろされる。
死が、迫る。
俺は固く瞼を閉じた。
何故、こんな事になったのか。
何故、死ななければならないのか。
そういう運命だとでも言うのか。
『違う』
俺は1度あの事故で死んだ。あの時までの記憶を失い、俺は自分が誰なのかも分からなくなった。確かにあの事故で俺という存在は消えた。消えたんだ。
だけど、ここで死んだら真衣子を、美鈴を、皆を悲しませる事になる。
『だから、こんなところで死ぬ訳にはいかない……!』
そして、何かが砕ける音を聞く。
「こいつ……!」
男の持つ剣が柄だけを残し、粉々になっていた。破片が地に落ちる。
(なん……だ……?)
何が起こったのか理解が出来ない。いや、思考すらも奪われ始めている。
理解する事すら億劫だ。
身体の痛みも段々と薄れてきた。感覚が鈍くなっている。右腕があった場所をぼんやり見つめる。赤いドロドロとした液体とブニブニとした肉片が散らばっている。更に骨が薄っすらと見える。
何だか眠くなってきた。今すぐ眠ってしまいたい。
だが、それは許されない。まだ微かに残る意思がそう告げる。
男は柄を投げ捨て、手を翳し何かを唱える。日本語、には聞こえない。
ぼんやりと淡い赤の光が幾つも浮き上がる。それは剣へと姿を変えた。
「貴様ごときに剣術を使わねばならんとはな……」
男の顔は怒りで歪んでいる。
「……むっ!誰だ!」
何者かの気配を感じたのか俺を刺す筈だった剣は近くの建物の屋上に向かって飛んで行った。
だが、剣は途中で動きを止める。
「剣術ごときで私に傷を付けられると思ったのですか?衛兵さん」
女の子の声だった。淡い青の長髪に白いドレスを纏っている。顔はかなり整っているが、何処か幼さも感じられる。
衛兵と呼ばれた男は再び剣術を使う。
「剣術、ごときだと?」
「えぇ、そう言いましたよ。気に入りませんか?」
静止した剣が衛兵目掛けて飛んで行く。衛兵は生み出した剣で迎撃する。金属音が辺りに響く。
「得体の知れぬ術を……!」
「ロベルト、頼んだわ!」
「あいあいさー」
ロベルトという男が建物の屋上から降りてきた。西部劇でよく見るガンマン風の
服装をしている。金髪で軽薄そうな感じだ。
ロベルトは俺の元に来る。
「……こりゃ、ひでぇな。生きてるかい?」
「……な……んとか……」
掠れた声しか出ない。
「よし。取り敢えず治癒掛けとくぜ、気休めだけどな」
ロベルトの指が緑の光を放つ。痛みが徐々に消えて行く。血も止まり始めている。
「フェリア嬢ちゃん!もう大丈夫だぜ!」
「では、撤退しましょう」
衛兵と相対しているフェリアがこちらに意識をそらす。
「……余所見をしている場合か!」
一本の剣がフェリアの背後から襲い掛かる。だが、
「ロベルト、ゲートを開いておいて」
フェリアは全く意に介さない。剣が彼女の背中に刺さる。
「貴様は剣術ごときと言ったな。だが、私のそれはそこいらの衛兵とは違うのだ。一瞬にして死に追いやー」
衛兵の言葉はそこで止まる。そして2度と口を開く事は無かった。見れば剣が左胸に突き刺さっている。
「嬢ちゃん!開いたぜ」
「じゃあ、戻りましょう」
フェリアのその言葉を最後に俺は深い眠りに落ちていった。




