6話・転移
佐久良町中心部に穴が開いてから1週間、5月に入り佐久良高校内で黒い球を見たとか轟音がしたとか地震が起きたとかそういった話を度々聞いた。
あの穴は塞がった物のアンダーグラウンドが起因となる現象は活発化している様だ。
という事はだ。穴が再び開く可能性も考えられる。あの穴に飛び込んだら、本当に異世界に行けるのだろうか。
やはり、試してみたい。
「また碌でもない事考えてるんじゃないでしょうね?」
「別に」
「黒い球に大きな穴?何だか凄いね。その、アンダーグラウンド?って本当にあるの?」
俺と真衣子がアンダーグラウンドの話をしてから明美のテンションが妙に高い。あー、そういえばファンタジー好きだったな、明美。
「本当にあるかは分からないよ。僕らには知る由もない」
「何でお前いるの?」
他クラスの神崎が普通に俺たちの教室に居るのも見慣れたが……毎日来なくてもいいだろ。
「明美さんもどうやらアンダーグラウンドに興味を抱いてくれたみたいだね。それと何故僕が此処に居るかだけど、話し相手がクラスに居なくてね」
「お前、俺たち以外に友達居ないんだな……」
神崎が可哀想になった。なったが、同情はしない。多分こいつ自身のせいだろうし。
「今のは結構グサッときたよ……」
「真実だろ?そろそろHRだから戻れよ」
「そうするよ。また、昼休みに」
そう言って自分のクラスに戻っていった。
程なくして坂木先生が教室に来て、HRが始まった。
昼休み。食堂で昼食を食べていると、一ノ宮先輩が話しかけてきた。仕事はいいのか、この人。
「なんか町中で色々起こってるみたいだな。生徒会の連中も騒いでやがった」
と言いながら席に座る。
「そうみたいですね」
「まぁ、それは置いといてだな。修平と真衣子ちゃんにこれを渡しに来たんだよ」
一ノ宮先輩から渡された紙には生徒会総会・草案と書かれていた。
「近々、総会があるんだわ。その為の資料の作成を生徒会メンバー全員にお願いしてるんだ。で、その紙が一応草案な。それを元に作ってくれ」
それだけ言って一ノ宮先輩は去っていった。長居すると坂木先生にドヤされると思ったからだろう。
草案を眺める。予算案が真っ白だったり、文章が誤字だらけだったり不備が多過ぎる気がする。
「真面目にやってんのかな、会長」
「ほんと他人任せよね」
只々、呆れ返るだけだった。
生徒会での仕事を終えたのは17時頃だった。辺りはまだ明るい。真衣子はまだ仕事をすると言って残っている。
俺は先に帰る事にした。美鈴も帰っているだろう。
いつもの通学路を歩く。
佐久良高校に入学して1ヶ月経った。1ヶ月ではあるが中々濃い1ヶ月だった様に思う。
平凡な日常を望んでいた俺だが、アンダーグラウンドを知ってからは興味が尽きない。やっぱり異世界へ行きたいという欲は抑えられない。
真衣子にも神崎にも忠告されているし、危険なのは自分でも分かっている。真衣子が大事なのは、記憶を失った今でも変わらない。
ただ、今はアンダーグラウンドへ行きたい。これが最優先事項だ。
考えながら歩いていたら家を通り過ぎていた。あまり考えすぎるのも良くない、と思う。
そう結論づけ、家まで戻ろうとした矢先、遠くに踏切が現れる。
「踏切……?隣町まで来ちゃったのか……?」
踏切だけが現れたのではない。
線路に女の子が立っている。短髪で背丈は……真衣子と同じ位か?
顔は遠くなのでよく見えない。それに俯いている様だ。
「誰だ……?」
見覚えは多分、無い。
その女の子は線路から一歩も動かない。やがてカンカンカンと鳴り始める。バーがゆっくりと降りて、女の子と俺の間に明確な境界線を引く。遠くからは微かに電車の音も聞こえる。
このままだと女の子は電車に轢かれるだろう。
何処の誰とも知らないが助けるべきか?でもあの子を助けたら俺が死ぬ。俺が死んだら真衣子はどうなる?美鈴はどうなる?
想像はしたくない。
その間にも電車は近付いている。女の子は聞こえているのかいないのか、まだ動かない。
「くそっ……!」
女の子を突き飛ばして向こう側に行ければ、俺も助かるか?
いや、もう考えてる暇はない。
俺は女の子を助ける。
電車はまだ見えていない。大丈夫だ。まだ、助かる。
必死に走る。電車が線路の向こうから姿を現す。
走って、走って、踏切のバーを飛び越え、女の子の腕を掴む。
電車が迫る。
女の子は踏みとどまろうとする。俺は強く腕を引っ張るが、女の子は手を離し、
そして、顔を上げる。
「え……?」
頭が真っ白になった。
女の子は笑っていた。悲しげな顔で笑っていたのだ。
俺は女の子に突き飛ばされ、踏切の向こうへと転がる。
そしてー
「!?」
周りの風景が、一瞬で黒い球に呑み込まれた。残るのは白い空間だけ。
夢に見たあの白い空間が広がっているだけだった。
だが、そんなものでは留まらない。
黒い球は渦を巻く。さながらブラックホールの様に。
白い空間ごと吸い込んで行く。
俺は為すがままにされていた。逃げる気も起きない。無理だと分かっているからだ。
それよりもさっきの女の子だ。その顔が焼き付いているのだ。
「あれは……誰だったんだ……?」
そう呟いた直後に、視界が黒く染まり俺の意識は閉じた。




