3話・顕現
「アンダーグラウンドという名前は僕と絵梨奈さんで付けたんだ。ただ異世界と呼ぶのも味気ないからね」
神崎はそう話す。名前に関しては別にどうでもいいが呼び方があるならそれに従う。
「あの黒い球体はアンダーグラウンドへの入り口って事でいいのか?」
「その認識で構わないよ」
個室の扉が開く。マスターが珈琲とトーストを持ってきた。
「マスター、トーストは頼んでないですけど」
「サービスだよサービス。トースト代はいらねぇからな」
強面なくせして気遣いだけは人一倍あるんだよな。
「えっと、じゃあ……あの黒い球体に触れたらどうなるんだ?」
マスターが出て行ったのを見計らい尋ねてみる。まぁ、大体想像はつくが一応だ。
「呑み込まれて戻れなくなるっていうのが定石なんだろうけど、生憎異世界だからね。どうなるのかは……」
実際に触れてみないと分からないって訳か。
「あれには絶対に触れないで」
「真衣子……?」
今まで黙っていた真衣子が口を開く。
「……あっ、いや何でもないの。ごめん、続けて」
一ノ宮先輩を睨んでいた事といい、やっぱり何か隠してるんじゃないだろうか。だが、聞いたところで真衣子は答えない筈だ。話してくれる時を、待つしかない。
「現時点で話せる事はこの位かな。引き続き調査をー」
突然、着信音が鳴り響く。
「ごめん、僕だ」
神崎が携帯を取り出す。画面を確認し、耳に当てる。誰かから電話が来たらしい。
「もしもし。絵梨奈さんかい?」
相手は絵梨奈か。進展があったのか?
「……なるほど、分かった。今からそっちに向かうよ。じゃあ、また後で」
神崎は電話を切ると、トーストを一気に珈琲で流し込み立ち上がった。
「どうかしたのか?」
「……修平君達も一緒に行こう」
それだけ言って、神崎はお代を置き店を出る。
珍しく焦っている様に感じるが、そこまでの事があったのだろうか。
「マスター、ご馳走様」
金を払い、店を出た。町はいつもと変わらない。
「今から何処に行くんだ?」
また絵梨奈の家にでも行くのだろうか。神崎は俺の方を見ずに答える。
「佐久良町中心部、一ノ宮財閥の本拠地がある場所に」
「財閥の本拠地?」
佐久良町中心部。そこは一ノ宮財閥の人間が住む場所だ。財閥関係者以外は立ち入り禁止となっている。
敷地自体はそこまで大きくはないが、存在感を放ち続けている。
ただ、この前一ノ宮財閥の当主、一ノ宮紫苑が財閥を解体するとか言っていた報道があったが……
「神崎君」
「絵梨奈さんも向かうらしい。アンダーグラウンドに関する何かが起きたとみていいだろうね」
中心部でそれが起きたっていう事か。ザワザワと胸騒ぎがした。
多分、俺は期待している。
逸る気持ちを抑えつつ、佐久良町の中心部へ向かう。
30分程で中心部に着いた。何度か来た事はあるが、見覚えのある建物が無くなっていた。
いや、無くなっていたとかそういうレベルではなかった。建物が地面ごと消え去っている。
その場所にあるのは黒い穴のみ。穴の底は全く見えない。
穴の側に絵梨奈が立っていた。
「皆さん……」
「絵梨奈さん、これは……?」
絵梨奈は穴を見詰めたまま無言で立ち尽くしている。この穴は一体何なのだろうか。あの黒い渦と同じ様に異世界に繋がっているのか?だとしたら俺は、異世界に行ってみたい。
「修平、穴には近付かないで。帰ってこれなくなるわよ」
「……分かってるよ」
真衣子に釘を刺される。だが、それでも俺の好奇心は収まらない。異世界に行けるなら行ってみたい。それはアンダーグラウンドを知ってからずっと頭の中にある。
神崎には危険な考えだと言われたが、俺はそうは思わない。
……もしかしたら、おかしくなっているのかも……しれないが。
俺はとにかくこの穴の先が気になる。
「この穴、確か2年前にも……」
真衣子が呟く。海に穴が開いたと書かれていた新聞記事を思い出す。俺の記憶には全く無いが。
「2年前と同じです。ですが……」
絵梨奈は穴を見詰め続けている。
俺たちも黙って穴を見る。黒い穴の底は何も見えない。深い深い闇がそこにあるだけだ。
(……?)
身体が何かを感じ取る。微かに揺れていると分かった、その直後。
穴から黒い柱が伸びた。




