2話・名前
絵梨奈の家を後にしてから1週間は特に何も無く過ぎていった。神崎が無駄に絡んできたり生徒会の仕事が忙しかったりはしたのだが……
(調査をしようと決めたのに肝心の異世界が現れないばかりじゃなくてサインすら無いなんてなぁ……)
などと心の中でぼやきながら、真衣子と共に今日も登校する。
「今日は何か起こるといいなぁ」
不意にそう呟く。
「神崎君に言われたでしょ。危険な考えは起こさない様にって」
真衣子に諌められる。
「それはそうなんだけどさぁ……」
こう、刺激が足りないというか……
暫く歩いて正門前に辿り着く。
「やあ、2人とも」
急に声を掛けられ振り向く。神崎だった。何やら紙の束を持っている。
「おはよう」
「おはよー。それ何?」
神崎は紙の束に目をやり、肩をすくめながら答える。
「これは異世界についての調査報告を纏めた物なんだ。佐久良町だけではなく様々な町や市から情報を集めてるんだけど……」
一瞬言葉に詰まった様に感じたが、神崎は続ける。
「色々起こり過ぎてて正直頭がパンクしそうだよ……ところで2人とも放課後は空いてるかな?」
「生徒会次第だな」
仕事があるか無いかは会長に聞かないと分からないから、保留という形にした。
「おーう。俺と篠宮で回すから問題ねぇぞ」
「私の仕事、終わってますからねー。後は会長の承認だけですよー。あ、修平君と真衣子ちゃんは用事あるんでしょー。心配要らないから行ってきなー」
放課後、生徒会室に行き休みたい旨を会長と副会長に話したところあっさり了承されたので、神崎に連絡を取る。
直ぐに返信があり、正門で待ってるとの事なので真衣子と向かう。
「副会長、大変そうだな」
「会長がアレだからねぇ。相当苦労してそう」
「残りの2人、今日も来てなかったな。部活忙しいのかな」
生徒会役員の残りのメンバーには1回も会えていない。2人の名前は平賀 弥生、桜木 巧というらしい。
平賀先輩は書記で女子バレーボール部に、桜木先輩は会計でサッカー部に入っているとも聞いている。
「1度は顔合わせしときたいよね」
「そうだな」
話している内に正門に着いた。神崎は携帯を眺めながら待っていた。
「どうやら大丈夫だったみたいだね」
「あっさりOKされたよ」
「で?これからどうするんだ?」
また絵梨奈の家に行くのだろうか。
「行きつけの喫茶店があるんだ。そこで情報を整理しようかなと思ってね」
喫茶店というと佐久良町の東にあるあそこしか無いだろう。
という訳で一路、喫茶店に向かうのだった。
学校から徒歩で20分程の場所に件の喫茶店はある。佐久良町ではかなり有名な喫茶店なので、いつも客が絶えない。マスターとは2年前からの付き合いで、度々お世話になっている。
勿論、俺の記憶の事も知っている。塞ぎ込んでいた時に元気付けてくれたりもした。
見た目はちょっと怖いが、優しい人なのだ。
「こんにちは、マスター」
神崎に続き店内に入ると珈琲の濃厚な香りが鼻腔を擽る。この香りが好きで足繁く通っていたのだ。
「おう。神崎に……修平と真衣子ちゃんも一緒か。今日は嬢ちゃん居ないんだな?」
「彼女は最近忙しいんですよ。マスター、個室空いてますか?」
「空いてるよ。神崎はいつものでいいな?修平と真衣子ちゃんは?」
「俺はブラックで」
「私はカプチーノでお願いします」
注文をして、個室に入る。
「さて、絵梨奈さんの家に行ってから1週間が経った。佐久良町では何もおかしな事は起こっていない」
神崎の話す通り、変わった事は起きていない。あの黒い物体が現れたり、轟音が鳴り響いたりもしていない。
あれから夢も見ていない。
いつも通り平凡な日常を送っている。
「でも佐久良町以外では、不可解な現象が確認されているんだ。まずはこれを見て欲しい」
そう言って神崎が写真をテーブルに置く。写っていたのはあの黒い球体。
「これは今朝送られてきた写真なんだ。場所は隣の柴原町。写っている黒い球体は佐久良町に現れた物と同じだと断定した」
次に神崎は黒い球体が黒い幕へと変貌している写真を取り出した。
「ここまでは君達も見ているよね?問題はここから先なんだ。これはついさっき送られてきたんだけど……」
携帯を取り出しその写真を見せる。黒い幕が少し裂けている。
内部は薄く靄がかかっている様で、はっきりとは見えないが……
「なぁ、これ建物じゃないか?」
薄っすらと建物っぽい物が確認出来た。ハッキリとは言い切れないが、あの黒い幕の内部は何も無い訳では無いという事が分かった。神崎は携帯の写真を眺めている。
「確かに建物に見えなくも無いけど……うーん、この画像については検証が必要かな」
「他に写真は無いのか?」
「あるよ。黒い球体と幕の写真ばかりだけどね」
本当にその通りだった。有益な写真はあの携帯の画像だけ。
「とにかくこの異世界を僕と絵梨奈さんは」
一息ついて、神崎は口を開く。
「アンダーグラウンド、そう呼ぶと決めた。まぁ、語感が良かっただけなんだけど。いつまでも異世界のままではね」
それが、異世界の名。俺たちが追っている異世界の名だ。




