第六幸 「約束の声音」
「さあ困ったどうしよう」
人は自分の思い描いていたとおりに行かず、行き詰まったときどうするだろうか。恐らく半数が諦めることを選び、3割ほどがじっくり考える。その他としては行き当たりばったりの玉砕戦法などを使うだろう。本来ならば時間の効率は悪いにしても考えるという選択肢が一番無難である。
では、引き返すにはすでに遅しというときはどうすればいいのか。俺は数多の戦をかいくぐってきた歴戦の戦士のようにうまく切り抜ける方法など知る由も無かった。俺がとる方法としては間違いなく玉砕覚悟で突っ切っていくだろう。
それで、俺が今何の問題に直面しているかというと、
「領主様どこに住んでんだよ」
すると突然、俺の右袖がくいっと引っ張られる。
「ねぇロク、迷っちゃったの...?」
涙目でこっち見るなぁ...!ついつい虚勢張りたくなっちゃうだろ!
って胸は張れないのかよ。まあ、サクラコの言う通り完全に行き先を無くした迷子なわけで、困った俺たちは立ち止まって考える。またサクラコの顔を見る。相変わらず可愛いなぁ。本当に可愛くて、最近俺はサクラコを年の離れた妹か娘とさえ見てしまう。親バカは病気じゃありませんね。完全に自然の摂理です。いえ、お父さんの存在意義ですね。そしてついついサクラコの頭を撫でてしまう。癒やされるんだよなぁ、特にこのもふもふした猫耳とか...。
「はっ」
猫耳を触って俺は思い出した。あの狼男のおっさん、ワタルのことを。そうだ、とりあえずあの気前の良さなら領主の屋敷とかも知ってるだろ。
「サクラコ、俺の知り合いが近くにいるんだけどさ。そいつに聞けば領主様のお家まで行けるかもしれないぞ」
「なんで領主様のお家に行くの?」
そうだった。俺はただ感情に流されて一人で躍起になっていただけだ。とりあえず説明しないと。
「ええっとな、この街を破壊したことを謝らせに行くんだ」
「怖くない...?」
「ああ、大丈夫だ!何かあったらおにぃ...俺が守ってやるから」
あっぶねぇ。ついに行けないラインを踏み出そうとしてしまった。だが、まだ大丈夫なはずだ。
「ありがとう!」
屈託の無い笑顔。これを見たら、いつでも初心に返ることができるような気がする。サクラコを守り通すこと。この街を立て直すこと。そして、この世界から現実世界へ帰ること。
「ん?」
現実世界に帰ること。これが俺の最終目標であることは間違いない。じゃあ、俺はどうやってこの世界に来た。どうやって......。
『...、...ク、ロク、どうか聞こえていますように。私を助けてっ』
「ロク?どーしたの?」
サクラコが腕を引っ張っていることに気付き、はっとなる。今何か聞こえた。脳内に反響する声。
『助けて』。確かに最後にはこう聞こえた。他に何か言っていたんだろうか。とりあえずサクラコにも確認してみようか。
「サクラコ、今何か声が聞こえなかったか?」
「何も聞こえなかったよ、だって今ここには私とロクしかいないもん」
辺りを見渡す。確かに誰も見当たらない。どうやら脳内に響いたのは間違いない。声の主は自ら名乗っていなかった。でも明らかだ。この声は風鈴―カザリだ。カザリは今どうしているのだろう。カザリ...。
「ねぇねぇロクー、お腹減った!」
「そうか、そろそろ夜だしな。仕方ない、今日は無理矢理でもワタルにお世話になるとするか」
今日は色々疲れた。異世界みたいなとこに飛んできたら、そこは焼け野原で、可愛い少女と旅することになって...。もう頭の処理が追いつかずショートしそうだ。明日のことは明日考えよう。
翌日。
「なんだこれ」
起床して目を開けると、俺の体の周りには黄色く光り輝く蝶が5匹ほど飛んでいた。明らかに自然の生き物じゃない。外見的に怖くはないので恐れるほどではないが、それでも超常現象になれているわけでは無いので少し驚いてしまった。
すると蝶達は自分の頭上で輪を描きながら飛び始めた。何事かと思って見上げると、次はどこかの方角を指すかのように一列になって向こうへと飛んでいき、そしてとんぼ返りで戻ってくる。
「このあと調べてみるか」
昨晩、一生のお願いという風な感じでワタルに泊めてもらうよう交渉したところ、快く引き受けてくれたのだった。お人好しとはあいつみたいなことを言うのだろう。夕飯もしっかり三人前出してくれ、寝床まで一人一部屋という超融通の利いたセッティングをしてくれたのだ。感謝してもしきれない。
「おーい、ロク!飯だぞ!」
一階から男前なやや低い声が聞こえてくる。
「はいよー!」
俺も元気よく返事をして部屋を後にした。
「おはよ!ロク!」
サクラコが駆け寄って元気よく挨拶をしてきた。後で聞いた話では朝の四時には起きていたらしい。
「おはよー、サクラコ―」
わしわしと頭を撫でるとサクラコは俯いて微笑んだ。うん、今日も一日頑張れそうだ。
その後、三人で食卓を囲み食器を一通り片付けた後、俺はワタルに先ほどのことを聞いた。
「なあ、おっさん。今朝起きたら俺の体の周りを蝶みたいのが飛んでたんだが...」
「ほう。お前さんはその能力か!」
「能力?能力って何だ」
「お前そんなことも知らんのか。ほんと不思議だな」
おっさんは咳払いをして話を続けた。
「能力っつーのは誰もが一つは持ってる異能のことだ。手から火を出したり植物と対話する能力なんかがあるな」
俺らの世界で言うところの魔法であったり潜在能力ってやつか。だけど俺の能力が蝶を出す能力とか、何の役にも立たねぇな。
「俺のヤツってどんな能力なんだ?さっぱり分からんのだが」
ワタルは右手の人差し指を立てて諭し始めた。
「お前の能力は《聖霊引導》だ。聖霊との意思疎通を脳内で無意識に行うことができて、それに沿った対応を聖霊達が提案、案内してくれるんだ」
「じゃあ、俺にくっついてる聖霊はあの蝶達ってことで良いのか?」
「ああ、そういうことだ。まあ蝶ってのは所詮虫が元になってるからそこまで上位の聖霊ではないがな」
ですよね、蝶が最強なら世界のパワーバランスがおかしくなるわ。だが、つまりはこの蝶達が俺らが行くべき所や会うべき人などをある程度限定して提示してくれるわけだ。
「だとすれば、領主にも会えるかもしれないっ...!」
隣で黙って座っていたサクラコも顔をぱぁっと明るくする。だが次の一言でそれは潰える。
「そうかもな。だが、それは現実的に考えれば無理だ。」
「え?今言ってた聖霊達を頼りにすれば行けるんじゃ...」
「確かに聖霊達は領主の館まで導いてくれるだろう。そこまでたどり着くこと自体は難しくないからな。だが、領主に会うってなると話は別だ。領主に会うためには領官などの高位の職に就く人からの推薦状を持っていなければ謁見できない」
無理難題すぎる。まず領官に会うためにはシノノメ領の役所まで行かないといけないが、先日の通り領主はこの街を切り捨てたも同然なので付近に役所などあるわけが無い。だったらゲリラで殴り込みに行った方が早そうだが、領主の館に勤務する騎士達に返り討ちを食らうのは間違いない。またも壁にぶち当たった。
「だが」
そう言ってワタルは俺らの方を向く。
「お前達がこの街を復興させてくれるというのなら可能だ」
話が見えない。どうしてすぐに持論を変えられるんだ。状況としては八方塞がりなのに。
「どういう意味だ」
ふふんと黒くとんがった獣鼻を鳴らすと、腕を組んでこう言った。
「俺はシフの街の町長だからな」
んなっ。俺は見落としていた。町長なら領内議会みたいな大々的な会議にも出席できるだけの権利を有するはずだ。いくら見放された街とは言っても一議員の意見を無視すれば、悪事千里を走り領権が危ぶまれる可能性は否定できない。だったら...!
「ロク」
「俺たちを、この街を救ってくれ」
「あいよ!」
本当にグダグダしてしまいすみません。早く領主のとこいけよ!とか座敷わらしはどうしたの?となる方もいらっしゃると思います。次話からは展開していこうと考えておりますので温かい目で見ていただけると幸いです。