表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
座敷わらしだって乙女のようです。  作者: 刄琉
第一章「恋を願ひて叫びし乙女」
2/16

第二幸 「結婚宣言」

俺が毅の家から帰宅すると誰もいないようだった。それにしても暑い。近隣の家々はどこもオール電化で冷房をガンガンに効かせてさぞかし生存しやすい快適な環境になっていることであろう。だが、俺の家は違う。未だに木造建築二階建てでローマチックでロマンティックなドアというものはなくすべてジャパニーズ障子である。それゆえ熱を逃がしやすいが冷気も逃げて行きやすい。今時最悪のコンボである。おまけにエアコンなどと言う最先端電化製品は無く、かねてから人々を送風することで救ってきた扇風機があるだけである。もし俺がエアコンをつけてくれと頼もうものならウチの祖母が般若のような鋭い目を向けて、「喉が痛くなるからダメじゃぁぁぁああ!」と襲ってくるに違いない。そう、ウチの家のカースト的なものはばあちゃん、俺の両親、俺の順番なのである。まあもちろん提言できるような立場では無い。せめて俺の部屋くらい良いじゃん...。

そんな風に考えていても現状は変わらないので、いつも通りたらいに冷水を張り、縁側に座って涼もうとして俺は台所へ向かう。台所には書き置きがあり、達筆な字で「この菓子、食うな」と書いてあった。これを書いたのは間違いなく母親である。母親は生粋の甘い物好きで、買っておいた菓子が無くなっていようものなら多分地球の裏側だとしても同じものを買いに行かせるだろう。

たらいに水を張り、縁側へ歩いて行く。ようやくだ、ようやく涼しくなれる。俺はもうそれだけで幸せだった。水面には恍惚としている青年の顔が映っている。というか俺の幸せって低レベルだよな。

そのときだった、約4m先、縁側の所に一人の少女がぱたぱたと通り過ぎていくのが見えた。え、誰だよ...。俺には妹などいないはずだ。近所にも家に入ってくるほど親しくしている女の子もいなければ、許嫁のようなご都合主義な設定のいとこもいない。俺はたらいを乱暴に床に置いて、急いで縁側の走っていき、少女の行った方向を見る。しかし、すでにそこには少女の姿は無かった。俺は口を半開きにしてそこで立ち尽くす。ふと床を見ると何かが落ちているのが見えた。強く光を反射している。俺はかがんでそれを拾った。青とも緑ともとれる不思議な色をしたアクセサリーのようだった。形的には貝だろう。裏には不安定でがたがたとしたやや特徴的な文字が書いてあった。

〝風鈴〟

風鈴?何のことだろうか。風鈴に何かあるということなのだろうか。だがこの家に風鈴はない。俺にはさっぱり分からなかった。その後も俺は何のことか全く分からず、足をつけているたらいの水がぬるま湯になっていることにも気付かず。ただじっと、その貝殻を眺めていた。



夜。夕飯を食い、風呂に入り自室に戻ってきた俺は部屋に入るやいなやとりあえず扇風機をつけた。これがないとどこぞのスライムみたいに溶けてしまうだろう。扇風機は俺の指先から放たれた電気信号をファンの軸へと発信し、風を起こし、俺に涼しさという快楽を与える。まさに天性を兼ね備えた最強の電化製品である。だが、扇風機の向けていた方向が俺の机がある方だったので机の上にあった紙達がばさばさと舞い上がる。

「はぁ。」

あまりのめんどくささのあまり思わずため息が出てしまう。エアコンならこんなことにはならないのにな...。床に落ちた紙を一枚一枚拾い上げていると、一枚だけ見覚えの無い紙が混じっていた。それは線一本一本が異様にがたがたしていて心許ない。

〝よるはちじにしののめじんじゃにきてください。〟

差出人の名前は書いていなかった。恐らく漢字で書き換えるとこういうことなのであろう。

〝夜8時に東雲神社に来てください〟

それにしても奇怪だった。この紙に書いてある「東雲神社」とはウチの近くにある神社で歩いて数分で行けるのだが、何年か前にそこの住職のお坊さんの娘が謎の病で病死。そのお坊さんはと言うもの、仏具などはすべて置いたまま夜逃げしてしまったのだった。その事件のせいで周辺の住人達は近寄ることも無くなり、町内会でこの事件の処理を検討した結果、まさにこの秋から立て壊しが始まるところなのである。

そこに呼び出されるというのはあまりにも不可解で、それよりも恐ろしいと言うほか無い。頭に浮かぶ情景は俺が血を流して倒れている姿だけだ。だがここで発動してしまうのが怪真部員としての興味爆発である。ヒステリックなことには猪突猛進で突っ込んでしまう。俺はとりあえず行くことにした。


予定時刻の夜八時。俺は東雲神社に来ていた。この神社は本殿まで約500段もの階段があり、行く気も失せてしまうのが普通なのだが、怪奇現象かも知れないことが起こるかもしれないと考えると足の疲れなどとうに忘れていた。ダッシュで上ること約五分。と言っても最後は歩いた方が速いと言えるくらいのスピードのなっていたのではあったが。そんなわけで息を整えて顔を上に上げると、少し前に誰かが立っているのが見えた。俺は声を掛けた。

「あ、あの...」

俺が言いかけるとその人は俺の声に気付いたのか振り返った。

「はい。」

その子は背中の真ん中まである髪を翻しつつ、淡々とした声で返事をした。

その顔を見て俺ははっと気付く。彼女は俺が昼間に家の縁側にいた少女だった。身長は俺よりも顔半分くらい低く、膝から下を表に呈するような丈の短い着物のようなものを着ていた。俺は少し安心しつつ彼女に問う。

「これって君が書いたのかな?」

「うん、そうだよ。」

彼女はさっきと違い敬語では無くほぐれた話し方で答えた。

「俺に何のようかな?」

「あ、そうだった。今日のお昼に私と会ったの覚えてるかな?」

「覚えてるけど...。」

「その理由なんだけどね...」

ごくり。彼女は変に間を開ける。俺も唾を飲み込んだ。

「私をあなたの...お嫁さんにしてほしーなー...なんて」

...。唐突すぎて思考が追いつかない。まずそもそも俺はいつこの子のフラグを立てたのだろうか。まあ、確かに割と可愛いことは否定しない。だが普通面識もない男に告白などするだろうか。それも付き合ってください!ではなく結婚宣言。

「とりあえず聞きたいことが山ほどあるんだけど、その理由って何かな。」

「それは...かっこいいから」

テキトーすぎた。かっこいいと初めて言われた相手は面識の無い少女。変としか言い様がない。

「と、とりあえず落ち着け。そもそも君は誰なんだ?あたかも面識があるように話すけど、君と会ったのは今日が初めてだぞ?」

「わ、私はかざりっていいます。ええっと、漢字で書くならこれ...ってあれ、ない...。」

彼女は着物中のポケットをパンパンと叩いてはがっくりとうなだれている。

「ん?どうしたんだ。」

「私の名前を漢字で書いた貝殻があるの。あれは私の宝物で...うっ...ううっ...」

ついに静かではあるが泣くような声が聞こえ出す。今貝殻っていったか?もしかして昼間に彼女が廊下でおとしていったあれだろうか?

「ねぇ、かざりさん。これのことかな?」

俺はその貝殻を彼女の目の前に差し出す。すると彼女は泣き顔で顔を上げた。

「これ...!なんであなたが...って。ああそっか。あのとき落しちゃったんだ。」

「ありがとう!」

彼女は俺に向かって笑った。俺は不意に見せられたその笑顔についつい見とれてしまう。俺は自分をたたき直して彼女に聞く。

「それじゃあ話を戻すけどさ、風鈴さんはどうして俺のことを?」

「だって私見てたから。あなたを。ずっと。」

「...え?」

俺はぞっとして冷や汗を拭った。見てた?ずっと?怖すぎるだろ!

「...ど、どういうことなんだよ...」

「ずっとあなたの近くにいたんですよ?あなたに一目惚れをしてずっと見ていたんです。」


      

「だって私、座敷わらしですから」



今...なんていった。は、彼女が座敷わらし...?い、いやおかしい!座敷わらしはあくまでも伝説上の話、つまり架空の話のはずだ。それが今目の前にいるなんて...。

「私はあなたに長い間惹かれていたのに、あなたは私に気付いてすらくれなかった。すごく焦らされました。とてもとても焦らされました!だから!」


「責任、とってくれますよね?」


彼女は悪意と呼べるものは欠片も無いような屈託の無い笑顔だった。まるで誰もいない世界で初めて存在を気付いてもらえたかのように。思わずその笑顔に見惚れてしまう。ってダメだ!もう一歩で完全に魂もってかれるところだった。

「俺は認めな...」

じわっ。

秒速で反応するように彼女の瞳には涙が浮かぶ。そこまでか!?

「冗談、じょうだ...」

言いかけたところで彼女は俺の手を握ってきた。二回連続で言いかけたところで阻まれてしまった。でも、彼女の手には普通の人間と何一つ変わらないぬくもりがあった。俺は人として、怪奇現象真相研究部の一員としても失格なのだと感じた。責任云々ではなく、怪奇現象というのもまた人が生み出すもので全ては人が原点になっているのだ。なのに俺は人とは異なる存在っていうだけで、彼女が座敷わらしであるというだけで彼女のことを否定しようとしていた。だから俺は彼女に対してこう言った。

「ごめん...」

そして俺は彼女の手をさっきよりも少し強く握った。

「その...俺を毎日見ていてくれたことありがとう。」

これが今、俺が彼女に告げるべきことで一番シンプルなメッセージだと判断した。彼女も分かってくれたのだろう。また微笑んだ。だが、そんな俺の思惑は伝わるわけも無く。

「じゃあ、責任とってくれるよね!?」

彼女の目は目力というだけでは語れない迫力を帯びて、ただひたすらにこっちを凝視してきた。

「や、やっぱり...」

「ん?」


俺は腹にグッと力を入れて思いっきり叫んだ。



「それだけは認めなぁぁぁぁああい!!」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ