旅の終わり
クラーケンの宿の前、下町よりもさらに下等な街の通りでは、プチドラが体を象のように大きく膨らませ、巨大なコウモリの翼を左右に広げた。左目が爛々と輝く。通りを歩いていた人たちは、「ひぃー」と悲鳴を上げて逃げ散った。先刻、隻眼の黒龍が舞い降りた時と同じような反応だ。気丈でしっかりとしているアンジェラも、思わず言葉を失い、ヘナヘナとこの場に崩れ落ちた。
「心配いらないわ。味方というか、パートナーというか、用心棒というか…… とにかく、この隻眼の黒龍に乗って、帝都まで飛ぶのよ」
アンジェラは、恐る恐る隻眼の黒龍の背中によじ登った。わたしはアンジェラの後ろで伝説のエルブンボウや貴重品の入った風呂敷包みを背負い、隻眼の黒龍に二人乗り。
「マスター、飛ぶよ。用意はいい?」
「いいわ。騒ぎが大きくなる前に、さっさと出発しましょう」
隻眼の黒龍は、もう一度、巨大なコウモリの翼を左右に大きく広げ(なお、この通りの幅は、翼の先端が両側の建物に接触するくらい)、ゆっくりと垂直上昇、適当な頃合で、南に進路を向けた。
「ああ、町が、こんなに小さく……」
アンジェラは感慨深げにつぶやいた。この町での思い出や記憶その他諸々、いろいろな想いが去来しているのだろうか。本人でなければ分からない感慨だけど……
その後、わたしたちは、来たときとは反対に、北のドワーフの三王国が位置する広大な山岳地帯のへりを迂回し、帝国の中心部を流れる大河に沿って南下し、途中で何度も休息を取りながら、ほぼ最短距離で帝都に向かった。
アンジェラは、慣れない空の旅に疲れたのか、いつも真っ先に寝床に入って眠りにつく。アンジェラを帝国宰相に引き渡せば、わたしの任務は完了、ブラックシャドウの早とちりに救われたわけだが……
しかし……
「プチドラ、どうしようか」
「どうしたの? 『どうする』って、何を、どのように???」
アンジェラの寝顔を眺めていると、柄にもなく、「守ってあげたい」ような気にならないでもない。
「帝国宰相には御落胤が殺害されたと報告して、アンジェラをウェルシーに連れて帰ろうかと思うの」
すると、プチドラは「あっ!」と驚いて、眼を丸くして、
「マスター!?」
「マズイかしら。ブラックシャドウがマーチャント商会とつながっているなら、帝国宰相にも『御落胤死亡』の情報は伝わっているはずよ。だから、バレはしないと思うけど」
「そうじゃなくて、マスターにしては珍しく……いや、なんでもない」
なんなんだか……
わたしは「非人情」のつもりだけど、時に「温情」くらいはあるつもりだ。児童福祉法の精神に則り、アンジェラをカトリーナ学院に入学させて英才教育を施し、ゆくゆくは本物の皇帝に、すなわち帝位に就けてやろう。
早い話が、「奇貨おくべし」ということで…… あれ?




