残された者は
カウンターの奥から駆けてきたのは、もちろんアンジェラ。
「!!!……」
アンジェラは「子連れマンモス」と御落胤の遺体を見ると、思わず口を押さえ、言葉にならない声を上げた。
ブラックシャドウのショートソードには、べったりと血糊がついている。まさか、アンジェラまで「サービス」でぶっ殺すつもりではないだろうとは思うが……
「用は済んだ。私はこれで失礼するよ」
ブラックシャドウは手近にあった机に飛び乗り、わたしの頭の上を跳び越して、あっという間に、机伝いで入り口のドア付近まで移動した。
「では、さらばだ!」
ブラックシャドウはそう言うなり、ドアを開け、下町よりもさらに下等な街の通りに消えた。
クラーケンの宿の1階では、アンジェラが「子連れマンモス」と御落胤の死体を前に、呆然とたちつくしている。
わたし的には、御落胤が殺害されたということで、債務は履行不能。ということは、当然、ここにはもう用はない。
「それじゃ、そういうことで……」
と、わたしはプチドラを抱き、傍目には颯爽と見えるように(つまり、ごまかしの意味も含め)、クラーケンの宿を出ようとした。
すると、プチドラはピョンと机の上に飛び降りて、両手でわたしの手首をつかんで引っ張り、
「マスター、いくらなんでも、それはひどいのでは?」
「ひどいって、何が?」
「あの子をあのままにしておくのは、可哀相だよ」
「そう言われても……」
わたしにはアンジェラを連れて帰って養う義務も義理もないし、「可哀相」というだけで子供を引き取っていたら、そのうち孤児院を建てなければならなくなる。「どうしようか」と、困ったような顔をアンジェラに向けると、
「わたしのことは、気にしないで。大丈夫ですから……」
アンジェラは、消え入りそうな声で言った(「大丈夫」とは、とても思えないが……)。健気とは、こういうときに使う言葉だろうか。アンジェラをよく見ると、顔立ちにも気品が感じられ、そこはかとなく高貴な香りがただよっている。連れて帰るくらいなら、まあ、いいか……
わたしはつかつかとアンジェラに歩み寄り、肩をぽんとたたいた。
「一緒に来ない? というか…… 一緒に来なさい。これは『貴族様』の命令よ」
「えっ!?」
アンジェラは、なんだかわけが分からないような顔をしていたが、やがて、首を小さく縦に振った。




