非常手段として
隻眼の黒龍に乗っての空の旅は、考えてみれば久しぶり。頬に受ける風は、冷たいながらも心地よく、荷馬車で地上をノロノロと進むのと比べると、まさしく雲泥の差。地上では、北の大河がクネクネと蛇行を繰り返し、静かな水の流れが悠久の時を刻んでいる。
ただ、気分としては、そんなゆったりとした流れとは反対に、
「急いでね。でも、わたしを振り落としてはダメよ」
「分かってるよ、マスター。心配しないで」
隻眼の黒龍の声は、心なしか弾んでいるようだ。隻眼の黒龍モードで長時間飛行することはしばらくなかったので、少々ストレスがたまっていたのかもしれない。
隻眼の黒龍は、これまでの鬱憤を晴らすかのように、素晴らしい速度で飛んだ。眼下に広がる景色も、みるみるうちに後方に流れてゆく。
途中でブラックシャドウを見つけたら、その場で息の根を止めてやろう。この程度のことなら、隻眼の黒龍にとっては朝飯前だろう。わたしは目を皿にして、それらしい人影を探した。でも、なかなか見つからない。
地上にじっと視線を注ぎながら、「おかしい、おかしい」などとブツブツぼやいていると、やがて、隻眼の黒龍が顔をわたしに向け、
「マスター、どうしたの?」
「ブラックシャドウのヤロウを探してたのよ。行き先が同じなら、追いつくはずでしょ」
「そうだね。でも、あの人も、一応、凄腕のエージェントみたいだから、上手く身を隠す術を知ってると思うよ。空を飛んでると遠くからでも目立つし、ブラックシャドウが『ヤバイ』と思って草むらか木陰に隠れたところで、知らずに追い越したかもしれない」
なるほど、言われてみれば、そうかもしれない。むかつくヤローだけど、エージェントとしては非常に優秀な部類に入るのだろう。馬とドラゴンではスピードもスタミナも違う。気がつかないうちに追い抜いていたということも、可能性としては有り得る話だ。
いずれにせよ、ブラックシャドウがマーチャント商会の依頼で御落胤を狙っていることは、間違いない。先に御落胤を見つけた方が勝ちならば、この勝負はこちらに分があると思う。
そして、飛び立ってから2日目の昼前、グレートエドワーズバーグの町が見えてきた。
「プチドラ、今回は非常手段よ。クラーケンの宿の前に降りるのよ」
「ええっ!? そんなことをすると、大騒ぎになるよ。目立ちすぎるのは、どうかと……」
「だから『非常手段』なのよ。とにかく地上に降りて、すぐに子犬サイズに戻って、知らん顔して適当にごまかせばいい。御落胤を確保できればこの町に用はないんだから、少々目立っても構わないわ」
「うーん、でも、いいのかなあ?」
隻眼の黒龍は、あまり気が進まない様子で、下町よりもさらに下等な街の一角に降りた。予想どおり、行き交う人々はパニックに陥り、悲鳴を上げて逃げ惑う。
クラーケンの宿は、丁度、目の前。わたしは子犬サイズとなったプチドラを抱き上げ、立て付けの悪い入り口の扉を開けた。




