今更あまり驚きはしないが
その後は、特にこれといった事件もなく過ぎた。朝から夕方まで荷馬車を走らせ、夜には交代で火の番をしながら眠る。野犬や狼や夜盗に襲われることもなく、行程は、気味が悪いくらいに順調。その分、ラブリンスク村で、どんでん返しが待っているかもしれない。
そして、この日も、1日中荷馬車を走らせ、辺りは既に薄暗くなっていた。
「今日はこのくらいにするか。明日には目的地に到着するだろう」
ブラックシャドウは荷馬車を停めた。ホフマンが枯れ木や枯れ草を集めて火をおこし、ブラックシャドウはテントを張るのに適当な場所を探す。わたしは、働いているようなフリをしながら、実は、何もしていなかったりする。
わたしたちは、この日も例によって質素な保存食を食べると、火の番をひとりだけ残し、テントの中の寝袋にもぐりこんだ。
その後、真夜中になって……
「マスター、起きてよ」
プチドラがわたしの体を揺すぶった。不思議なもので、野宿が何日も続くと体もそれなりに順応するようだ。このところは、よく眠れるようになった。
「どうしたの……」
と、言いかけたところで、プチドラはわたしの口を押さえた。
すると……
「確実にあの息子です。背中のハート型の焼印は、確認しました」
「あのイカレポンチがね…… そりゃ、大変だ」
「檻車を用意しますから、ご心配なく。ところで、武装盗賊団のことですが……」
「ヤツらがどうした?」
「予想より早く海賊の島を制圧しました。島には『仇』の姿はなく、その死体もないということに気がついたようです。というとは……」
「小細工が見破られたということだな」
「そうです。ヤツらは疾風怒濤、追跡を始めました。予定より早いですが、明日にでも追いつかれそうです」
「そうか。ならば、若干、予定を繰り上げなければならないな」
ここからでは姿は見えないが、ブラックシャドウと黒ずくめの男が話をしているのだろう。わたしがプチドラに合図を送ると、プチドラは無言でうなずき、こっそりとテントを出た。闇夜のように黒い体が絶好のカモフラージュとなってくれる。
それから、しばらくすると、プチドラが戻ってきて、
「残念。ボクが聞き耳を立ててから、御落胤の新しい話は出なかったよ。でも、それよりも……」
プチドラはわたしの耳元でささやいた。それによれば、黒ずくめの男の衣服をよく見ると、「金貨の山」のシンボルマークが描かれていたとか。ということは、今更あまり驚きはしないが、マーチャント商会も絡んでいたということになる。




