深夜の訪問者
夕方になって、
「もう少し進みたかったが…… 今日はここまでにしよう」
ブラックシャドウが言った。辺りはかなり暗くなってきている。もう少しで完全に日が暮れるだろう。長い道のりだから、今、無理をすることはない。
「では、燃やせそうなものを探してくるぞ」
ホフマンは、バトルアックスを持って荷馬車を降りた。ブラックシャドウが「ありがとう、頼むよ」と声をかけても、返事をしないし振り向きもしない。相当に不信感が募っているようだ。
一方、ブラックシャドウは、ホフマンに無視されたことを気にかける様子もなく、テントを張るのに適した場所を探している。この辺りは、北の大河の周囲一面に湿地帯が広がっていて、あまり条件はよくなさそうだけど、この際だから贅沢は言えない。ブラックシャドウは「ウーン」と首を振りながら、あちこち歩き回っている。
でも、それでもどうにか適当な場所を探し出したようで、ブラックシャドウは野営の準備を始めた。さらに、
「おーい、見つかったぞ。これで今晩は大丈夫じゃろう」
ホフマンが、身長の数倍もある(しかも、かなり太い)枯れ木の幹を引っ張ってきた。上手い具合に流木が川岸に打ち上げられていたという。それほど湿っていない。薪として使えそうだ。それにしても、筋力だけならドワーフもすごいかも……
わたしたちは質素な保存食でどうにか胃袋を満たし、交替で火の番をしながら休むことにした。ゆっくり休めそうにないのが残念だけど……
結論的に言えば、その夜はよく眠れなかった。
真夜中(ブラックシャドウが火の番をする時間)、眠ろうと努力していると、
「何か分かったかね?」
「はい、やはり睨んでいた通りです。あの親子に間違いありません」
ひとつはブラックシャドウの声、もうひとつは……少なくともホフマンでは有り得ない。先刻からホフマンのいびきに悩まされていたところだから(今も大きな音が響いている)。
「そうか。ということは、我々の仕事も終わりに近いということだな。ただ、問題は、どのようにして帝都まで連れていくかだ。武装盗賊団の邪魔が入ると面倒なことになる。あんなところでドジを踏まなければな……」
「今更悔やんでも仕方がありません。ついでに言えば、未確認情報ですが、ドラゴニア候が武装盗賊団に大金を払って御落胤を探させているという話もあります」
「ということは、場合によっては道中で争奪戦か。そりゃ、まいったな……」
「こちらでも、ヤツらの目をそらすよう、いろいろとバックアップはしますがね」
ブラックシャドウとこんな怪しげな話ができるのは、正体不明の黒ずくめの男だけ。こういう時こそ盗み聞きのプロフェッショナルを……と思ったら、プチドラは、わたしの胸の上で気持ちよさそうに寝息を立てている。プチドラを起こそうかどうか思案しているうちに、いつしか会話は途切れ、パチパチと木が燃える音とホフマンのいびき以外、静寂が付近一帯を支配していた。




