背後から刺されないように
町を出ると、荷馬車は北の大河に沿ってゆっくりと進む。もっとスピードがほしいところだけれど、荷馬車ではこの程度が精一杯だろう。信用できるかどうか分からないが、ブラックシャドウの話によれば、御落胤は、現在、巨人の国のラブリンスク村にひっそりと暮らしているという。数年前に家族で移り住んだらしい。なお、ラブリンスク村は、北の大河の畔の小さな村で、巨人の国の領内であるが、クルグールスク村よりも帝国に近い。荷馬車で1週間の行程とのこと。
以前、地獄谷に出かけたときには、ホフマンは道すがら故郷の歌を歌っていたが、今回は無言。目を閉じて、じっと腕を組んでいる。海賊退治のつもりで意気込んでいたら、「その話はウソ、ごめんなさい」だから、まだ怒りが治まらないのかもしれない。あるいは、うまくパーティーを解消する方法を考えているのだろうか。
ブラックシャドウは、道中、しきりに背後を気にし、何度も後方を振り返っていた。1回や2回ならともかく、これほど頻繁にされると、なんだか目障りな感じがする。
「ブラックシャドウ、どうしたの? 武装盗賊団は、うまくまいたはずでしょ。それとも、背後から刺されるのが怖いのかしら。心配しなくても、今はまだ刺さないわよ」
「微妙な言い回しだな。いきなり刺されるのは勘弁してもらいたいがね。武装盗賊団について言えば、ヤツらもバカじゃない。海賊の島に総攻撃をかけることになろうが、その際、我々を発見できず、死体も存在しなかったとすれば、誰でもオカシイことに気付く。ヤツらの目をごまかせるのは、せいぜい1週間だろう」
1週間ということは、ラブリンスク村にたどり着く頃に、武装盗賊団が再びわたしたちの追跡を始めるということだけど、果たしてどうだか。可能性としては、総攻撃をかけたのはいいが、反対に返り討ちにされることだって……
「いや、武装盗賊団を甘く見てはいけない。海賊退治には丸一日あれば十分だろう。その後、我々の足取りを探るとしても、ヤツらの情報網も相当なものだから、まあ、時間の問題だな」
「弱気なのね」
「いや、自分の力量をわきまえながら、敵の力を正しく把握しているつもりだ」
どこまで本心で話しているのか分からないが、ともあれ、現在とんでもない相手を敵に回していることは間違いないだろう。
でも、もともと、敵の目的はブラックシャドウだけのはず。こっちまで巻き込まれるのは迷惑極まりない。一層のこと、ブラックシャドウの首を手土産に、武装盗賊団に降服しようかしら。
「ブラックシャドウ、背後には十分注意する方がいいわ」
「ふふふ…… 忠告であれば、感謝する」
笑ったそぶりは見せているが、例によって氷のように冷たい眼差しで前方を眺めているのだろう。顔を見られないのはちょっぴり残念。
荷馬車は憂鬱な灰色の空に押しつぶされるように、大河の畔を進んでいく。この先、ハッピーな結果は待ってなさそうな気がする。




