また出た神がかり行者
帝国宰相との「取引」は、双方とも納得のいく形で終わった。マーチャント商会会長との手打ちの段取り等については、帝国宰相の方で日程調整などしてもらえるらしい。こちらとしては、文句の付けようがないくらい、理想的な進行。とりあえず、わたしは帝都の自分の館に戻ることにした。
その途中、プチドラは心配そうに、
「マスター、皇帝の御落胤を探すみたいな話、本当に受けてもいいのかな」
「あまり気が進まないけど、仕方がないわ。『何がなんでも御落胤を連れてこい』とは言われてないから、『残念ながら単なる噂でした』でも、義務は果したことになるでしょ。多少、気は楽だわ」
「でも、単なる噂なら、帝国宰相が食いついてきたりはしないと思うけど」
確かに、タダの与太話なら、帝国宰相が食指を動かすはずがない。宰相には、7割か8割くらい、噂を真実と信じられるだけの根拠があるのだろう。
「まあ、なるようになるわ。ただ、あまりスジのいい話ではないことは確かだけど」
今の段階では、とりあえず噂話が真実であることを前提に動くよりないと思う。ただ、仮に噂が真実であり、御落胤が本物の皇子だとしても、「めでたし、めでたし」で終わるかどうか。御落胤が正統な皇子であることが真実だとしても、誰にも信じてもらえなければ、人々の意識の中では偽者ということになる。場合によっては、ニセ皇帝を擁立しようとしたということで、反対派に格好の(しかも致命的な)攻撃材料を与えてしまうだろう。
わたしは、なんだかスッキリとしない気分のまま、屋敷への道を急いだ。なお、途中で道に迷って、散々あちこちさまよい歩いたことは言うまでもない。のみならず、どこでどう間違えたのか、帝都名物(と言っていいかどうか)の神がかり行者が大演説をぶっている公園の前を通りがかったものだから、
「ウソ偽りの大海の中で、無責任なデマの洪水に溺死させられそうになっている、愚かな大衆諸君よ、目を見開いて見るがいい。そのペテンの中でも最悪の形態が、諸君の目の前にいる!」
道行く人は誰も聴いてはいないが、明らかにわたしのことを差している。
「見よ! これが、権力という毒に犯された、成り上がりのメス豚の姿だ!! こやつは、もはや人ではない。ブタだ、ドブネズミだ、ゾウリムシだ!!!」
こんなに簡単に罵詈雑言が口をついて出てくるなんて、ある意味、感動的。
わたしは内心、苦笑しながら、
「今に始まったことではないけど…… 本当に、ひどい言われようね」
「何が『ひどい言われよう』だ!? キサマがゾウリムシだとすれば、本物のゾウリムシが気の毒だ!!」
本当に、まったく、お話にならない。
神がかり行者は、ますます調子付いて、
「天罰を与えるものは神だけではない! 悪魔に愛想をつかされる時!! その時こそ思い知れ!!!」
シンプルではあるが非常に難解な言い回しで、正直、何を言いたいのかよく分からない。多分、考えても時間の無駄に終わるだろう。わたしはプチドラを抱き、家路を急いだ。