街中にも武装盗賊団
時刻は夕刻。だんだんと薄暗くなってきた。海賊に拉致される前に、わたしたちは急いでクラーケンの宿に戻ることにした。
海賊は1カ月ほど前に、グレートエドワーズバーグの沖、陸地にほど近い島を急襲し、あっという間に占領してしまったとのこと。それ以来、時々沿岸に出没し、略奪や誘拐を繰り返しているとか。
「この国の治安組織は何をしてるのかしら? 海賊に好き勝手を許すなんて」
「よく分からないのですが、最近は領主様の帝都での仕事が忙しいらしいのです」
本来、グレートエドワーズバーグの治安維持に当たるべき騎士団は、ツンドラ候によって帝都に招集され、大半が出払ってしまったらしい。その隙を突く形で海賊が威張りだしたとのこと。ツンドラ候は、確か、「ドラゴニア候への仕置きのために動いて」いるはずだけど、自分の国はほったらかしなのだろうか。
荷馬車は北の大河に沿って、来た道を反対方向に進んだ。人通りはまばら。その数少ない人たちも、みんな、暗くなる前に家路を急いでいる。
その時、前方から、けたたましい馬のいななきが聞こえ、やがて、(バケツかゴミ箱のような)円筒型の兜をかぶり、灰色のマントを身に着け、灰色の馬に乗った集団が全速力で駆けてきた。これは、(ブラックシャドウの言うところの)とんでもない無頼集団、武装盗賊団。
わたしは、一瞬、身体をこわばらせ、
「これはちょっと、マズイかも……」
「あの人たちなら、多分、大丈夫だと思いますが…… この荷馬車に乗っていれば、一応……」
アンジェラも不安げに言った。ブルブルと体を小刻みに震わせている。
灰色マントの集団は、やがて、荷馬車の脇を何事もなく通り過ぎていった。「カバの口」にいわゆる「みかじめ料」を払っている効果だろうか。
アンジェラはホッと胸をなぜ下ろし、
「近々、大きな戦が行われるらしいのです。たった今通り過ぎたみたいな、『カバの口』の戦闘部門の人たちが、町に集まってきています」
「大きな戦? ツンドラ候が不在の今、町を一気に制圧しちゃうつもりかしら?」
「そうでもないようです。海賊をやっつけるという話を聞きましたが」
ということは、シーフギルド「カバの口」と海賊が町の裏社会の支配権を巡って争うという構図だろうか。どうでもいいけど……
そして、辺りが暗くなった頃、クラーケンの宿に到着。わたしは宿の前に降ろしてもらい(アンジェラは、荷馬車を片付けて裏口から食材を厨房に運ぶお仕事)、入り口の扉を静かに開けた。1階の食堂では、幾人かの冒険者が食事をしている。ホフマンは、飲みすぎたのか、机の上に突っ伏していた。同じテーブルにブラックシャドウが腰掛け、そして彼の脇には……
誰だろう、見たことのない黒ずくめの男が前かがみになって、ブラックシャドウと何やらヒソヒソと話をしていた。




