港にて
時間はかかったが、荷馬車が「北の海鮮横丁」を抜けると、そこは漁港だった。いくつも桟橋が海に突き出し、漁を終えた漁船が何艘も係留されている。さらにその先には黒っぽい海水面が広がり、海上を吹く潮風が陰鬱な灰色の空と相まって、独特の、もの哀しい風情をかもし出していた。
「アンジェラ、ちょっと…… 港を散策してみたいんだけど、いいかしら?」
「はい。では、ここで降ろしましょうか」
わたしがプチドラを抱いて荷馬車を降りると、アンジェラは、
「こちらの用が済めば、すぐに戻ります。この辺りでいていただければ、帰り道を宿までお送りしますが」
「ありがとう。お願いするわ」
アンジェラがラバに鞭を当てると、荷馬車はゆっくりと動き出した。
いつものことがあるので、プチドラは不安げにわたしを見上げていたが、
「大丈夫よ。そんなにあちこちあちこち歩き回らないから」
でも、プチドラは「ウーン」と首をひねった。心配は分かるけど、まさか港の中で迷子にはならないだろう。でも、そんなに心配なら……
「分かったわ。この位置から半径10メートルの円外には移動しない。これで、どう?」
「うん、それなら安心」
プチドラは、ホッと胸をなぜ下ろした。
わたしは、とりあえず、海を眺めてみた。でも、行動半径が10メートルでは辛い。海上に島影がいくつか見える程度で、珍しいものや面白いものはなく、すぐに退屈になってしまう。
「10メートルは狭すぎたかしら。せめて、50メートルか100メートルくらい」
「ダメだよ。知らないところで迷子になったら、それこそ大変」
プチドラにダメ出しされたので、仕方なく同じ場所でぼんやりと海を眺めていると、地元の漁師らしい初老の男が通りがかった。
男はわたしに近づき、
「あまり遅くないうちに帰りなされよ。危ないから」
「はい? 『危ない』ですか?? それは、一体、どういう意味で???」
「ここから見えるだろう、あの島に、最近、海賊が住みついてのう。このところ、港で誘拐事件が発生しておるのじゃ。悪いことは言わんから、暗くならないうちに帰るのがよろしかろう」
それだけ言うと、漁師は飄々と去っていった。なんなんだか……
やがて、荷馬車が戻ってきた。アンジェラはわたしの前で荷馬車を停め、
「宿に帰りましょう。最近は物騒になったようで、港に海賊が出没するとか……」
漁師の話は本当らしい。それとも今、同じ話を聞かされたのだろうか。海賊には、クラーケンの宿の看板は効かないようだ。




