互いに損のない取引
いきなり「御落胤の話の真偽を調べてくれ」と言われても、雲を掴むような話で、何をどうすればよいのか、まったく見当もつかない。マーチャント商会の動きも気になるし、長く国を空けるわけにも……
「実は、そなただけが頼りなのじゃ。ここだけの話、皇帝陛下の病の具合のこともあり、万が一の場合に備えて後継者というと語弊があるが、そういった意味もなくはない」
帝国宰相は、多少、言いにくそうにしている。皇帝が既に死亡していることは、貴族階級では公然の秘密。でも、世間一般には、まだ、このことを公表していないようだ。
その御落胤が本当に皇帝の子であれば、帝国宰相から見て曾孫に当たる。その子を皇帝に立てれば、宰相が引き続き現職に留まっても、誰も文句は言わないだろうという算段だろうか。
わたしは少々考えながら、特に深い意味があるわけではないが帝国宰相と距離をとった。
「日ごろ、お世話になっている帝国宰相たっての願いであれば、お断りするわけにはいきません」
「おお、それでは、引き受けてくれるか」
帝国宰相の頬の筋肉が緩んだ。
「でも、残念ながら、諸々の事情によって、長く国を留守にするわけにはいかないのです」
「なっ! そ、それは一体、どういうことじゃ?」
今度は、宰相は顔を曇らせ、眉間にしわを寄せた。
「実は、先ごろ、マーチャント商会の傭兵部隊が我が国に攻め入りまして…… しかも、わが騎士団もマーチャント商会に買収されていたようなのです(これはウソ)。したがいまして、国内が安定化し、安全保障が確立されるまでは、なかなか外には出にくい状況なのです」
帝国宰相は、「うーん」と唸り、腕を組んだ。
「では、その国内の安定化と安全保障の確立とやらが達成されれば、何も問題はないということかな。そうじゃな」
「ええ、まあ…… 『何も問題はない』ということはないのですが、基本的にはそのとおりです。帝国宰相の力でマーチャント商会の動きを抑えていただくとともに、今回に限り、国内における騎士の任免を自由にできるようにしていただければ……」
帝国宰相は目を閉じ、じっと考え込んだ。宰相にとって、この程度の出費、出捐あるいは投資により御落胤を確保できるとすれば(確実に請け合えるわけではないが)、損のない取引のはずだ。
やがて、宰相は目を開け、
「分かった。マーチャント商会会長を呼んで、一席設けよう。これまでの経緯はよく分からぬが、その席ですべて水に流し、今後の良好な関係を約してもらいたい。騎士の任免も、今回に限り、勝手を許す。よろしいな」
「はい、それでしたら、なんとか……」
わたしは帝国宰相の求めに応じ、固い握手を交わした。